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ネタバレ注意
この記事には『キングダム』番吾の戦い(71巻から73巻)までの展開に関する記述が含まれます。未読の方はご注意ください。

『キングダム』の秦には、若手が率いる三つの部隊があります。信の飛信隊、蒙恬の楽華隊、そして王賁の玉鳳隊(ぎょくほうたい)です。

この記事では、玉鳳隊の主要メンバーを一覧で整理します。あわせて、副長・糸凌の生死について広まっている誤情報も訂正しました。

結論

  • 主要メンバーは王賁・番陽・関常・糸凌・亜花錦です。騎馬の突撃力を特徴とする部隊です。
  • 糸凌は死亡していません。番吾の戦いで絶望的な状況が描かれましたが、第798話で生存が判明します。
  • 関常は王翦軍から送り込まれた千人将です。当初は監視役と疑われていました。
  • 影丘戦以降は玉鳳軍になっています。百人隊から軍まで拡大しました。

玉鳳隊とは

隊長 王賁(おうほん)
特徴 騎馬による突撃力。矛を用いた個人の武
結成 飛信隊・楽華隊と同じく独立遊軍の特殊百人隊として
拡大 三百人隊を経て、影丘戦以降は玉鳳軍へ
並び称される部隊 飛信隊(信)、楽華隊(蒙恬)

王賁は王翦の子であり、秦の名家の嫡男です。飛信隊の信が下僕出身であるのとは対照的な出自になります。

玉鳳隊の主要メンバー

人物 立場 特徴 生死
王賁(おうほん) 隊長 矛の使い手。将軍首への執着が強い 生存
番陽(ばんよう) 玉鳳隊の主力 結成初期からのメンバー 生存
関常(かんじょう) 千人将・副官格 もと王翦の側近。戦術眼が鋭い 生存
糸凌(しりょう) 副長 関常とともに王翦軍から来た 生存
亜花錦(あかきん) 玉鳳隊の武将 武功の高さで知られる 生存

王賁|名家の嫡男

玉鳳隊を率いる王賁は、王翦の子です。名門の出であることに強い誇りを持ち、将軍首を挙げることに執着してきました。

朱海平原では趙の尭雲に敗れて重傷を負いますが、生還しています。著雍の戦いでは魏火龍七師の紫伯を討ち取りました(37巻・第396話)。

史実の王賁も実在し、魏・燕・代・斉の攻略に関わった記録が残っています。父の王翦とあわせて、六国のうち五国をこの父子が落としました。

関常|王翦軍から来た千人将

関常は、著雍の戦いの前に王翦軍から派遣されてきた人物です。

当初、王賁は関常を歓迎していませんでした。父である王翦が息子の動きを見張るために送り込んだ監視役だと疑っていたためです。関常自身も軽口が多く、王賁と意見がぶつかる場面が何度も描かれています。

しかし関常には、玉鳳隊の誰も持っていない知識がありました。王翦軍にいた人間だからこそ知っている、王翦配下の各将の癖や軍の運用方法です。監視役と疑われながら、実際には王賁が知らない領域を補う存在でした。

著雍の戦いでは、紫伯の首を狙って突出しようとする王賁を制止しています。武功としては最大級でも、部隊全体を危険にさらす動きだったためです。

糸凌|副長

糸凌も関常とともに王翦軍から玉鳳隊へ来た人物です。副長として部隊を支えています。

糸凌は死亡していない

ここが重要な訂正点です。糸凌が戦死したという情報がネット上に見られますが、誤りです。

番吾の戦いで、糸凌は趙軍に包囲され絶望的な状況に置かれました。単行本73巻の第794話です。この場面を読んで戦死したと受け取った読者が多く、そのまま情報が広まったと考えられます。

しかし第798話で生存が判明します。王翦軍の倉央と再会する場面が描かれており、戦死していません。

話数 内容
第794話 趙軍に包囲され、絶望的な状況が描かれる
第798話 生存が判明。倉央と再会する

番吾の戦いでは秦側が亜光と田里弥という王翦軍の主要な将を失っています。そのなかで糸凌の安否も同様に受け取られやすい状況でした。

玉鳳隊の主な戦い

戦い 玉鳳隊の役割 結果
山陽の戦い 信の飛信隊と競い合う この功で臨時の千人隊となる
著雍の戦い 紫伯と対峙する 王賁が紫伯を討つ。作戦勝ちで五千人隊へ拡大
朱海平原の戦い 秦軍右翼を担当 王賁が尭雲に重傷を負わされるが生還。戦後に将軍昇格
番吾の戦い 本隊から切り離される 糸凌が包囲されるが生還。秦軍は敗退

玉鳳隊は、飛信隊とほぼ同じ戦役を経験してきました。山陽で並び立ち、著雍で別々の敵と戦い、朱海平原では両翼を担当しています。

鄴攻略戦の論功行賞で、信・王賁・蒙恬の三人が同時に将軍へ昇格しました。この三隊が秦の次世代を担う構図が、そこで確定します。

飛信隊・楽華隊との違い

部隊 隊長 特徴 隊長の出自
飛信隊 信 歩兵主体。突破力と結束 城戸村の下僕
玉鳳隊 王賁 騎馬主体。突撃力 王翦の子。名家の嫡男
楽華隊 蒙恬 知略型。部隊運用が巧み 蒙武の子。将軍三代の家

三隊はそれぞれ性格が違います。信の突破力、王賁の突撃力、蒙恬の用兵。同じ戦場に並べたときに役割が重ならないよう設計されています。

出自の対比も明確です。下僕出身の信に対し、王賁と蒙恬はいずれも将軍の家に生まれました。商鞅の変法によって身分を問わず登用する国だからこそ、この三人が同じ立場で並べます。

王賁という人物の変化

玉鳳隊を語るうえで欠かせないのが、隊長である王賁の変化です。

初登場時の王賁は、名家の嫡男であることに強い誇りを持ち、下僕出身の信を見下していました。将軍首を挙げることに執着し、部隊の安全より個人の武功を優先する場面もあります。

時期 王賁の姿勢
山陽の戦い 信を格下として扱い、武功を競う
著雍の戦い 紫伯の首に固執し、関常に制止される
朱海平原 尭雲に重傷を負わされ、隊に守られて生還する
番吾の戦い 部隊としての判断を優先するようになる

この変化に関わっているのが、関常と糸凌という王翦軍から来た二人です。監視役と疑われた人物が、実際には王賁に足りない視点を持ち込みました。

個人の武で敵将を討つことと、部隊を生きて帰すことは別の能力です。玉鳳隊の物語は、王賁が後者を身につけていく過程として読めます。

父・王翦との関係

王賁を複雑にしているのが、父である王翦との距離です。

王翦は息子を特別扱いしません。亜光軍から「王翦の嫡男である王賁に大将を務めてほしい」という要請が出たときも、王翦の返答は現状のまま戦えというものでした。

さらに単行本53巻では、玉鳳隊の関常が信に対して、王賁の出生をめぐる噂を語る場面があります。王賁の母が王翦と結婚する前に想い合う男がいて、その子を宿したまま嫁いだのではないかという内容です。

父が息子を引き上げようとしない構図が繰り返し描かれており、王賁が武功に執着する理由の一端がここにあると読めます。名家に生まれたことが、必ずしも有利に働いていない人物です。

史実では? 玉鳳隊に対応する記録はない

玉鳳隊という部隊は史実に存在しません。番陽・関常・糸凌・亜花錦のいずれも、史料に記録はありません。

史実に名を残しているのは、あくまで軍を率いた将軍クラスまでです。その下で部隊を動かした人物の名が記録に残ることは、ほとんどありませんでした。

一方、隊長の王賁は実在します。

年 王賁の記録
紀元前225年 大梁を水攻めで落とし、魏を滅ぼす
紀元前222年 燕王喜を捕らえ、燕を滅ぼす
紀元前221年 斉を降し、統一が完成する

作中で若手として描かれている王賁が、史実では三国を滅ぼす将軍になります。父の王翦が趙と楚を落としており、父子で五国を担当した計算です。

玉鳳隊に関するよくある質問

玉鳳隊のメンバーは誰ですか?

隊長の王賁のほか、番陽・関常・糸凌・亜花錦らが所属しています。

糸凌は死亡しましたか?

していません。番吾の戦いの第794話で包囲され絶望的な状況が描かれましたが、第798話で生存が判明し、倉央と再会しています。

関常はどこから来たのですか?

王翦軍です。著雍の戦いの前に派遣されてきた千人将で、当初は王賁から監視役と疑われていました。

玉鳳隊の特徴は何ですか?

騎馬による突撃力です。歩兵主体の飛信隊、知略型の楽華隊とは性格が異なります。

玉鳳隊はいつ軍になったのですか?

影丘戦以降です。特殊百人隊として結成され、三百人隊、千人隊、五千人隊を経て玉鳳軍になりました。

王賁は死亡しますか?

していません。朱海平原で尭雲に重傷を負わされましたが生還しています。史実でも魏・燕・斉の攻略に関わった記録が残っています。

関常は王賁を止めたのですか?

著雍の戦いで、紫伯の首を狙って突出しようとする王賁を制止しました。武功としては最大級でも、部隊全体を危険にさらす動きだったためです。

玉鳳隊は史実に実在しますか?

実在しません。隊長の王賁は実在しますが、部隊名やメンバーは作品独自の設定です。

飛信隊とはどちらが強いのですか?

作中で優劣は明示されていません。歩兵主体の飛信隊と騎馬主体の玉鳳隊では性格が異なり、同じ戦場で役割を分担しています。

王賁と信はいつ将軍になったのですか?

鄴攻略戦の論功行賞です。信・王賁・蒙恬の三人が同時に将軍へ昇格しました。

まとめ

  • 玉鳳隊の主要メンバーは王賁・番陽・関常・糸凌・亜花錦
  • 騎馬による突撃力を特徴とし、飛信隊・楽華隊と並ぶ若手三隊のひとつ
  • 糸凌は死亡していない。第794話で包囲されたが第798話で生存が判明
  • 関常は王翦軍から送り込まれ、当初は監視役と疑われていた
  • 著雍で王賁が紫伯を討ち、朱海平原を経て将軍に昇格した
  • 史実の王賁は魏・燕・斉を滅ぼし、父の王翦とあわせて五国を落とした

下僕出身の信、名家の王賁、将軍三代の蒙恬。出自の違う三人が同じ立場で並べるのが秦という国でした。玉鳳隊はそのなかで、最も正統的な将軍の家から出た部隊にあたります。

この記事について

執筆・編集: マンガノシラベ編集部
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