関常(かんじょう)は死亡していない!玉鳳隊の千人将が二度王賁を守った朱海平原と影丘を解説【キングダム】
この記事には『キングダム』本編の展開と、史実にもとづく解説が含まれます。連載の進行状況は2026年8月時点のものです。
『キングダム』の玉鳳隊で、王賁(おうほん)のすぐ横に立ち続けている男が関常(かんじょう)です。派手な武功で名を上げるタイプではありませんが、玉鳳隊が窮地に陥るたびに、真っ先に体を張ってきたのがこの人物でした。
そのため読者の間では「関常はいつか王賁をかばって死ぬのではないか」という予想が根強くあります。この記事では、関常が作中で死亡しているのか、どの戦いで何をしてきたのか、そして史実に対応する人物がいるのかを整理します。あわせて、秦の軍隊で「千人将」という立場がどれほどの重みを持っていたのかも、史料にもとづいて見ていきます。
結論
- 関常は作中でまだ死亡していません。2026年8月時点で存命です。
- ただし二度、王賁を逃がすために身を挺しています。朱海平原では尭雲の猛攻から王賁をかばって重傷を負い、影丘では自ら囮になって敵を引きはがしました。
- 史実に関常という将軍の記録はありません。作品オリジナルの人物です。一方で主君の王賁と、その父の王翦は実在します。
関常のプロフィール

| 名前 | 関常(かんじょう) |
|---|---|
| 所属 | 秦国。玉鳳隊(王賁の部隊) |
| 階級 | 千人将 |
| 出身 | もとは王翦の側近。王翦軍から玉鳳隊へ送り込まれた |
| 合流時期 | 著雍の戦いのおよそ半年前 |
| 初登場 | 単行本36巻あたり、魏火龍七師編 |
| 役割 | 王賁の副官格。戦況を読み、必要なら主君にも歯に衣着せず意見する |
| 性格 | 軽口が多く一見不真面目だが、判断は極めて冷静で現実的 |
| 史実のモデル | 該当する記録はない。作品オリジナル |
関常が玉鳳隊に来たとき、王賁は彼を歓迎していませんでした。父である王翦が息子の動きを見張るために送り込んだ監視役だと疑っていたからです。関常自身も軽口が多く、王賁と意見がぶつかる場面が何度も描かれています。
しかし関常には、玉鳳隊の誰も持っていない知識がありました。王翦軍にいた人間だからこそ知っている、王翦配下の各将の癖や軍の運用方法です。彼は王賁にそれを教える立場でもありました。監視役と疑われながら、実際には王賁が知らない領域を補う存在だったわけです。
関常は作中で死亡した? 現在の状況
結論から書くと、関常は死亡していません。2026年8月時点の連載でも存命が確認できます。玉鳳隊は王賁を中心に多くの戦場を渡ってきましたが、その中で関常は生き残り続けてきました。
それでも「関常は死ぬのではないか」という検索が絶えないのには理由があります。彼はすでに二度、命を捨てる覚悟で王賁を逃がしているからです。しかも玉鳳隊は、飛信隊や他の秦軍部隊と比べて主要人物の戦死が極端に少ない部隊でもあります。次に大きな犠牲が出るとすれば玉鳳隊ではないか、その筆頭が関常ではないか。そう読む人が多いということです。
関常が体を張った二つの場面
| 戦い | 関常がしたこと | 結果 |
|---|---|---|
| 朱海平原の戦い(鄴攻め) | 趙の尭雲の猛攻を受けた王賁をかばい、自ら盾になる | 重傷を負うが生還。王賁は戦線に復帰する |
| 影丘の戦い | 瀕死の王賁から敵を引きはがすため、自ら囮になる | 玉鳳隊は壊滅寸前まで追い込まれたが、飛信隊の到着で持ちこたえる |
影丘の戦いは、玉鳳隊が桓騎の指揮下に入り、送り込まれた軍がことごとく壊滅していた険地の攻略を命じられた戦いです。第678話前後で描かれました。飛信隊が到着したとき、玉鳳隊には瀕死の王賁を含むわずかな兵しか残っていませんでした。その状況で、関常は王賁から敵の目をそらすために自分を差し出していたのです。
この二つの場面が、関常という人物の評価を決定づけました。軽口を叩き、主君に反論し、時に不真面目に見える。それでも最後に選ぶのは、自分の命より王賁を生かすことでした。
関常は著雍の戦いで何をしたのか
関常の判断力がはっきり描かれたのが、魏との著雍の戦いです。ここで彼は二つの働きをしています。
ひとつは、魏の予備軍の動きを察知したことです。戦場全体を見渡し、まだ動いていない部隊がどう投入されるかを先に読む。これは前線で槍を振るう能力とはまったく別の資質です。
もうひとつは、王賁を止めたことでした。王賁は魏火龍七師のひとり紫伯の首を狙って突出しようとします。武功としては最大級ですが、部隊全体を危険にさらす動きでもありました。関常はためらわずに主君を制止しています。
玉鳳隊は山陽攻略の功で臨時の千人隊となり、著雍での作戦勝ちで五千人隊に規模を拡大し、朱海平原の勝利を経て王賁が将軍に昇進したことで万単位の兵を抱える部隊へ育ちました。この階段を上る過程で、関常のような冷静な副官がいたことは小さくない意味を持っています。
史実では? 関常に対応する人物はいない
『キングダム』は『史記』を土台にした作品ですが、関常という将軍の名は史書に見当たりません。作品オリジナルの人物です。
これは玉鳳隊の面々に共通する特徴でもあります。史実に名を残しているのは、あくまで軍を率いた将軍クラスまでで、その下で部隊を動かした人物の名が記録に残ることはほとんどありませんでした。
王翦と王賁は実在する
| 人物 | 史実での記録 |
|---|---|
| 王翦 | 秦の名将。趙・燕・楚の攻略を担い、始皇帝の統一事業の中心を担った |
| 王賁 | 王翦の子。魏を滅ぼし、燕・代・斉の平定にも関わった |
| 関常 | 記録なし。作品オリジナル |
つまり関常は、実在の将軍のそばに置かれた架空の副官ということになります。史実の骨格を動かさないまま、その内側の人間関係を描くために作られた人物です。
史実の「千人将」はどのくらいの立場だったのか
関常の階級である千人将は作中の呼び方ですが、秦の軍制にはこれに近い実際の役職がありました。
| 単位 | 人数の目安 | 指揮官 |
|---|---|---|
| 伍 | 5人 | 伍長 |
| 什 | 10人 | 什長 |
| 屯 | 50人 | 屯長 |
| 百 | 100人 | 百将 |
| 五百 | 500人 | 五百主 |
| 千人 | 1000人 | 二五百主(千人とも呼ばれた) |
五百主には短兵と呼ばれる親衛隊が50人、二五百主には100人つけられたと伝えられています。千人規模を任される立場は、すでに専属の護衛を持つ中堅指揮官だったということです。
さらに秦には、商鞅の変法で導入された二十等爵制がありました。公士から徹侯まで二十段階の爵位が並び、敵の首を一つ取れば爵位が一級上がり、田一頃と宅地九畝が加えられるという仕組みです。出身や家柄に関係なく戦場の働きだけで身分が上がる制度で、これが秦軍の異常な強さを支えたとされています。
『キングダム』で信が平民から将軍を目指せるのも、関常のような中堅が実力で軍の中枢に食い込めるのも、この制度が背景にあります。
漫画と史実の違い
| 項目 | 『キングダム』 | 史実 |
|---|---|---|
| 関常の存在 | 玉鳳隊の千人将として活躍 | 該当する人物の記録はない |
| 王賁との関係 | 王翦から送り込まれた副官。監視役と疑われる | 王賁の側近についての記録は残っていない |
| 階級名 | 千人将 | 二五百主(千人)という呼称がある |
| 昇進の仕組み | 戦功で階級が上がる | 二十等爵制。首級の数で爵位が上がる |
| 部隊の名称 | 玉鳳隊という固有名 | 部隊に固有名をつける制度は確認されていない |
なぜ関常はこのように描かれたのか
王賁は誇り高く、他人に頭を下げることを嫌う人物として登場しました。そのままでは、部隊を率いる将としては危うい。誰かが横で軌道修正しなければ、いずれ突出して倒れる人物です。
関常はその役を担うために置かれています。しかも「監視役」という疑いを最初に背負わせることで、王賁が彼を受け入れる過程そのものが、王賁自身の成長として描けるようになっています。
さらに関常には、王翦軍の内側を知る者という設定が与えられました。父の軍を知り、その運用を息子に伝える。父子の距離が遠い王翦と王賁のあいだで、関常は情報の橋渡しをする位置にも立っています。
読者が「関常は死ぬのではないか」と感じるのは、この人物が物語上、王賁を完成させるために置かれた存在だと直感的に伝わってくるからでしょう。二度までも身を捨てた男が三度目にどうなるのか。その緊張が、彼を検索させています。
関常に関するよくある質問
関常は作中で死亡しましたか?
していません。2026年8月時点の連載で関常は存命です。ただし王賁を逃がすために二度、命がけの行動を取っています。
関常はどこの所属ですか?
秦国の玉鳳隊です。もとは王翦の側近で、著雍の戦いの半年ほど前に王翦軍から玉鳳隊へ送り込まれました。
関常の階級は何ですか?
千人将です。玉鳳隊の中で王賁の副官格として、部隊の判断を支える立場にあります。
関常は史実に実在しましたか?
実在しません。史書に関常という将軍の記録はなく、作品オリジナルの人物です。主君の王賁とその父の王翦は実在します。
関常が王賁に嫌われていたのはなぜですか?
王翦が送り込んだ監視役だと疑われていたためです。軽口が多く、王賁に対して遠慮なく意見することも反発を招きました。
関常が重傷を負ったのはどの戦いですか?
朱海平原の戦いです。趙の尭雲の攻撃を受けた王賁をかばって自ら盾になり、重傷を負いました。
影丘の戦いで関常は何をしましたか?
瀕死の王賁から敵を引きはがすため、自ら囮になりました。第678話前後で描かれた場面です。
関常の初登場は何巻ですか?
単行本36巻あたりの魏火龍七師編です。アニメでは第4期の第6話で登場しています。
関常は将軍になりますか?
今後の展開は原作でのみ確認できます。玉鳳隊は王賁の将軍昇進により万単位の部隊へ拡大しており、関常の立場も戦功に応じて変わる可能性があります。
玉鳳隊のほかのメンバーは誰ですか?
隊長の王賁のほか、副官で王賁の教育係も務めた番陽、王翦軍の亜光軍から鄴戦後に移ってきた亜花錦などがいます。
まとめ
- 関常は2026年8月時点の連載で死亡しておらず、存命
- もとは王翦の側近で、著雍の戦いの半年前に玉鳳隊へ送り込まれた千人将
- 朱海平原では尭雲から王賁をかばって重傷を負い、影丘では自ら囮になった
- 史実に関常という人物の記録はなく、作品オリジナルのキャラクター
- 秦の軍制には千人規模を率いる二五百主という役職が実際にあり、二十等爵制によって戦功だけで身分が上がる仕組みが整っていた
史実に名前が残らなかった無数の指揮官が、実際の秦軍を動かしていました。関常は、その記録されなかった層を代表する人物として置かれています。彼が生き残るかどうかは、玉鳳隊という部隊がどこまで行けるのかという問いとそのまま重なっています。
この記事について
執筆・編集: マンガノシラベ編集部
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