【キングダム】番吾(はんご)の戦いは71巻770話から73巻799話!亜光と田里弥が戦死し糸凌は生存、史実でも秦は大敗
この記事には『キングダム』単行本71巻から73巻の展開に関するネタバレと、史実にもとづく記述が含まれます。連載の進行状況は2026年8月時点のものです。
『キングダム』で秦が趙に喫した二度目の大敗、それが番吾の戦いです。総大将は王翦。相手は李牧と司馬尚という趙の二枚看板でした。宜安での桓騎の敗死に続く連敗となり、秦の統一事業そのものが止まりかける展開が描かれます。
この記事では、まず読み方と表記を整理したうえで、作中での経過と戦死した人物、そして史実に記録された番吾の戦いを確認します。史実の番吾の戦いは紀元前232年の出来事として『史記』に記されており、作中の結末とほぼ一致しています。ただし決定的に違う点もあります。
結論
- 正しい表記は「番吾の戦い」です。「番後の戦い」は変換ミスによる誤表記で、読みは「はんごのたたかい」です。
- 作中では秦の敗北に終わりました。単行本71巻の第770話から73巻の第799話にかけて描かれ、王翦は撤退しています。
- 史実でも秦の大敗です。紀元前232年、李牧が秦軍を破り、韓と魏の国境まで領土を奪い返したと『史記』に記されています。
「番後の戦い」は誤り 正しくは「番吾の戦い」
検索されることの多い「番後の戦い」という表記ですが、これは変換ミスによるものです。正しくは番吾の戦いと書きます。
| 表記 | 正誤 | 備考 |
|---|---|---|
| 番吾の戦い | 正しい | 「はんごのたたかい」と読む |
| 番後の戦い | 誤り | 「はんご」の変換候補として出やすい |
| はんごの戦い | 読みとしては正しい | 漢字は「番吾」 |
「吾」は「われ」と読む字で、地名として使われるため変換候補に出にくいことが誤表記の原因です。番吾は趙の地名であり、後世には蒲吾県が置かれました。現在の河北省石家荘市平山県の南東部あたりにあたるとされています。
番吾の戦いは何巻何話? 作中での経過

| 戦いの名称 | 番吾の戦い(はんごのたたかい) |
|---|---|
| 収録 | 単行本71巻 第770話から73巻 第799話にかけて |
| 秦軍 | 総大将 王翦。亜光、田里弥、倉央、飛信隊、玉鳳隊ほか |
| 趙軍 | 李牧、司馬尚、カン・サロほか |
| 位置づけ | 第二次趙北部攻略戦。宜安の敗北に続く再戦 |
| 結果 | 秦の敗北。王翦は撤退 |
戦いの背景
この戦いの前に、秦は宜安で桓騎軍を失っています。李牧に読み切られる形での大敗であり、秦にとっては雪辱を果たすための出兵でした。総大将には王翦が立ちます。
しかし趙側には、李牧に加えて青歌城主の司馬尚がいました。長く趙の中でも独立した動きを取ってきた青歌軍が李牧のもとに加わったことが、この戦いの構図を決定づけます。
李牧の狙いは戦場の単純化
王翦の強みは、複雑な陣形の運用と、戦場全体を俯瞰して手を打ち続ける指揮です。李牧はその強みが働かない状況を作りにいきました。
飛信隊と玉鳳隊という秦軍の主力を本隊から切り離し、戦場を単純な力比べの形に持ち込む。そうなれば、あとは正面からぶつかる兵と将の力がものを言います。そこへ司馬尚の青歌軍が本陣へ突撃を仕掛けるという展開でした。
戦死した将
| 人物 | 所属 | 結末 | 話数 |
|---|---|---|---|
| 亜光 | 王翦軍 第一将 | 王翦を守る形で司馬尚と対峙し、討たれる | 第792話 |
| 田里弥 | 王翦軍 第二将 | 司馬尚の攻撃で致命傷を負い、王翦の撤退を支えて力尽きる | 第793話「本物の殿」 |
| ジ・アガ | 趙軍 カン・サロ配下 | 糸凌に討ち取られる | 戦いの終盤 |
王翦軍は第一将と第二将を同時に失いました。側近将として残ったのは倉央のみという状態になり、長年王翦を支えてきた指揮系統が事実上崩壊します。
なお、玉鳳隊の副長である糸凌については、第794話の時点で趙軍に包囲され絶望的な状況が描かれましたが、第798話で生存が判明しています。倉央と再会する場面が描かれており、戦死はしていません。この点はよく誤解されるところです。
戦いの結末
王翦は青歌軍を退けることができず、撤退を選びました。宜安に続いて趙に二連敗という結果になり、秦の中華統一事業は大きく足踏みすることになります。第799話「戦の車輪」でこの戦いは区切りを迎えました。
戦後、秦国内では軍総司令の昌平君が立て直しのための方針を打ち出し、国全体で態勢を組み直す展開へと進んでいます。
史実では? 紀元前232年の番吾の戦い
番吾の戦いは作者の創作ではありません。『史記』に記録された実際の戦いです。
史実の経過
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 紀元前233年 | 桓齮率いる秦軍が上党から太行山脈を越え、赤麗と宜安を占領する |
| 紀元前233年 | 李牧が北方から南下し、宜安付近で秦軍と対峙。肥下の戦いで秦軍を大破する |
| 紀元前233年 | この功績により李牧が武安君に封じられる |
| 紀元前232年 | 秦王政が再び趙へ大規模な侵攻を行う。秦軍は太原へ進み、狼孟と番吾を占領する |
| 紀元前232年 | 李牧が番吾で秦軍を撃破。さらに韓と魏の国境まで領土を回復する |
『史記』の趙世家と、廉頗藺相如列伝がこの戦いに関する記述を残しています。番吾の戦いは、秦の統一戦争の過程で秦が明確に敗退した数少ない戦いのひとつです。
李牧という例外
この時期、秦の侵攻を一時的にでも押し返した将軍は、趙の李牧と楚の項燕のみでした。すでに国力で圧倒していた秦に対し、正面から勝った記録を残しているという点で、李牧の存在は際立っています。
そして番吾での勝利は、単に守り切ったという話ではありません。韓と魏の国境に至るまで、秦に奪われていた土地を取り返しています。守勢に回った国が反撃に転じたという内容です。
それでも趙は滅びる
番吾の戦いから数年後、趙は滅亡します。紀元前229年ごろ、秦は王翦を総大将として再び趙へ侵攻しますが、正面から李牧を破ることはできませんでした。
そこで秦が取った手段が離間の計です。趙の重臣である郭開に賄賂を送り、李牧が謀反を企てていると趙王に讒言させました。これを信じた趙王は李牧を殺害します。李牧を失った趙は、まもなく秦に平定されました。
番吾で秦を破った将軍が、戦場ではなく自国の宮廷で命を落とすという結末です。史実の番吾の戦いを知ると、その後の展開の重さが変わってきます。
漫画と史実の違い
| 項目 | 『キングダム』 | 史実 |
|---|---|---|
| 年代 | 宜安の戦いの後として描かれる | 紀元前232年 |
| 秦の総大将 | 王翦 | 『史記』に指揮官の記録はない |
| 趙の指揮官 | 李牧と司馬尚 | 李牧の名が記されている |
| 結果 | 秦の敗北。王翦は撤退 | 秦の大敗と撤退 |
| 戦死者 | 亜光、田里弥ら王翦軍の将 | 個別の戦死者に関する記録は乏しい |
| 戦後 | 秦が国内で態勢を立て直す | 李牧が韓・魏の国境まで領土を回復 |
最も注目すべき違いは、秦側の指揮官です。史実では番吾の戦いにおける秦の総大将が誰だったのかは記録されていません。作中で王翦を総大将として描いたのは、この空白を物語で埋めた形になります。
もうひとつは司馬尚の扱いです。史実の司馬尚は李牧とともに趙の防衛を担った将軍として名が残りますが、番吾の戦いでの具体的な働きについて詳しい記述はありません。作中で司馬尚が果たす役割の大きさは、作品独自の解釈によるものです。
一方で、結果そのものは史実と一致しています。秦が敗れ、撤退したという骨格は変えられていません。
なぜ番吾の戦いはこれほど重い敗北として描かれたのか
『キングダム』は秦の中華統一を描く作品です。主人公の側が勝ち続ける物語構造にすることもできたはずですが、番吾の戦いはそうなっていません。王翦という最強クラスの将が、正面から負けています。
これは史実の重みを引き受けた結果と言えます。秦の統一は一直線に進んだわけではなく、宜安と番吾で連続して押し返された記録が残っています。その事実を省略せずに描いたからこそ、李牧という人物の強さが物語の中で成立します。
そして王翦軍の第一将と第二将を失わせるという選択も同じです。桓騎軍が消え、王翦軍が中核を削られた状態から秦がどう立て直すのか。番吾の戦いは、統一への道が一度断たれる場面として置かれています。
史実で秦がこの敗北から立ち直り、最終的に趙を滅ぼしたのは、正面からの勝利ではなく郭開の讒言によるものでした。番吾の戦いが正面からの完敗として描かれているほど、その後の史実の結末が持つ意味は重くなります。
アニメではまだ描かれていない
この戦役は単行本72巻にあたります。
2026年8月の時点で、アニメはここまで進んでいません。第6シリーズが鄴攻略編の序盤から中盤までを描いた段階で、続きは続編で扱われることになります。
| 主な巻 | 72巻 |
|---|---|
| アニメ | 2026年8月時点で未放送 |
| 放送済みの最新 | 第6シリーズ。原作46巻の第490話から朱海平原の戦いの中盤まで |
続編の制作は決定していますが、放送時期は公表されていません。シリーズごとの原作範囲はアニメと原作の対応表にまとめています。
番吾の戦いに関するよくある質問
「番後の戦い」と「番吾の戦い」はどちらが正しいですか?
「番吾の戦い」が正しい表記です。「番後」は変換ミスによるものです。読みは「はんごのたたかい」で、番吾は趙の地名にあたります。
番吾の戦いは何巻何話ですか?
単行本71巻の第770話から、73巻の第799話「戦の車輪」にかけて描かれています。
番吾の戦いの結果はどうなりましたか?
秦の敗北です。王翦は青歌軍を退けることができず撤退し、秦は宜安に続いて趙に二連敗する形になりました。
番吾の戦いで誰が死にましたか?
王翦軍の第一将である亜光が第792話で、第二将の田里弥が第793話で戦死しています。趙側ではカン・サロ配下のジ・アガが糸凌に討ち取られました。
糸凌は番吾の戦いで死亡しましたか?
していません。第794話で趙軍に包囲される場面が描かれましたが、第798話で生存が判明し、倉央と再会しています。
史実の番吾の戦いはいつの出来事ですか?
紀元前232年です。秦王政が趙へ大規模な侵攻を行い、太原へ進んで狼孟と番吾を占領しましたが、李牧に撃破されました。
史実でも秦は負けたのですか?
負けています。『史記』には秦の大敗と撤退が記されており、李牧はさらに韓と魏の国境まで領土を回復したとされています。
史実で番吾の戦いの秦側の総大将は誰でしたか?
記録がありません。『史記』に秦側の指揮官の名は残されておらず、作中で王翦を総大将としているのは物語上の設定です。
番吾はどこにあったのですか?
後世に蒲吾県が置かれた地で、現在の河北省石家荘市平山県の南東部あたりにあたるとされています。
番吾の戦いの後、趙はどうなりましたか?
数年後に滅亡します。秦は正面から李牧を破れず、郭開への賄賂による離間の計で李牧を殺害させました。李牧を失った趙は、まもなく秦に平定されています。
まとめ
- 正しい表記は「番吾の戦い」で、読みは「はんごのたたかい」。「番後」は変換ミス
- 作中では単行本71巻の第770話から73巻の第799話にかけて描かれ、秦の敗北に終わった
- 王翦軍は第一将の亜光と第二将の田里弥を失い、側近将は倉央のみとなった
- 糸凌は包囲される場面が描かれたが、第798話で生存が判明している
- 史実の番吾の戦いは紀元前232年。李牧が秦軍を破り、韓・魏の国境まで領土を回復した
秦が中華統一へ向かう過程で、正面から押し返された数少ない戦いが番吾でした。そしてその勝者である李牧は、戦場ではなく宮廷で命を落とすことになります。作中でこの戦いが重く描かれているほど、史実が用意した結末の残酷さが際立ってきます。
この記事について
執筆・編集: マンガノシラベ編集部
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