当サイトはアフィリエイト広告および第三者配信広告を利用しています。
ネタバレ注意
この記事には『キングダム』単行本71巻から73巻、番吾の戦いの結末に関するネタバレが含まれます。

『キングダム』の王翦軍を支えた将、田里弥(でんりみ)。矛を振るって前に出るタイプではなく、王翦の意図を読んで軍を動かす知将として描かれてきた人物です。

その田里弥が、番吾の戦いで戦死しました。この記事では、田里弥が死亡するのは何巻何話なのか、誰の攻撃によるものか、そして史実に対応する人物がいるのかを整理します。

結論

  • 田里弥は単行本73巻の第793話で戦死します。話のタイトルは「本物の殿」です。
  • 致命傷を与えたのは趙の司馬尚です。田里弥は深手を負いながら王翦を逃がすために殿を務め、最後は馬上で息絶えました。
  • 史実に対応する人物は確認できません。『史記』に田里弥の名はなく、作品オリジナルのキャラクターと考えられます。

田里弥(でんりみ)のプロフィール

秦の兵馬俑のイメージ
番吾は現在の河北省石家荘市の一帯にあたるとされます(画像はイメージです)
名前 田里弥(でんりみ)
所属 秦国 王翦軍
階級 第三将から第二将へ
役割 王翦の補佐。王翦軍最賢と評される知将
戦い方 自ら矛を振るわず、軍の運用で戦う
死亡 単行本73巻 第793話「本物の殿」
致命傷を与えた人物 司馬尚
史実のモデル 該当する記録は確認できない

田里弥は王翦軍の側近将のひとりです。王翦の作戦意図を正確に読み取り、状況に応じて自軍を柔軟に動かせる将として描かれてきました。

第三将から第二将へ繰り上がった経緯

田里弥はもともと王翦軍の第三将でした。第二将を務めていたのは麻鉱です。

その麻鉱が、朱海平原の戦いで李牧の奇襲を受けて戦死します。この結果として王翦軍は再編され、田里弥が実質的に第二将の位置に上がりました。番吾の戦いの時点では、第一将の亜光に次ぐ立場です。

田里弥の死亡は何巻何話?

田里弥が戦死するのは単行本73巻に収録された第793話「本物の殿」です。番吾の戦いの終盤にあたります。

番吾の戦いでの経過

番吾の戦いは単行本71巻の第770話から73巻の第799話にかけて描かれた戦いです。秦の総大将は王翦、趙側は李牧と司馬尚でした。

李牧は飛信隊と玉鳳隊を本隊から切り離し、戦場を単純な力比べに持ち込みます。そこへ司馬尚の青歌軍が王翦の本陣へ突撃を仕掛けました。王翦本人が危うくなるところまで戦線が崩れます。

話数 できごと
第792話 王翦軍第一将の亜光が、王翦を逃がすため司馬尚の前に立ち、討たれる
第793話「本物の殿」 田里弥が最後の殿を引き受け、司馬尚の攻撃で致命傷を負う
第793話 田里弥が指揮を続けたまま、馬上で息絶える
第799話「戦の車輪」 王翦が撤退し、番吾の戦いが区切りを迎える

「本物の殿」という話数タイトルの意味

第一将の亜光が倒れたあと、王翦を外へ逃がすには誰かが最後尾に残るしかありませんでした。田里弥はその役を引き受けます。

田里弥は自軍を捨て駒にすると宣言し、王翦を戦場の外へ送り出す壁になりました。すでに致命傷を負っていながら、倒れずに指揮を出し続けます。追いついた敵が矛を振り上げたとき、田里弥はすでに絶命していました。

殿とは、撤退する本隊を守るために最後尾で敵を食い止める役目です。「本物の殿」という話数タイトルは、その役目を最後まで果たし切った田里弥に向けられています。

田里弥を討ったのは誰?

田里弥に致命傷を与えたのは趙の司馬尚です。第一将の亜光を両断したのも同じ司馬尚でした。

ただし田里弥の場合、討ち取られた瞬間が描かれたわけではありません。深手を負ったあとも指揮を続け、力尽きるまで王翦を逃がすことに徹しています。この描き方の違いが、田里弥という将の性格をよく表しています。

司馬尚は青歌城を長く預かってきた趙の将で、李牧に加わったことで番吾の戦いの構図を決定づけた人物です。王翦軍は第一将と第二将を同時に失い、側近将として残ったのは倉央のみとなりました。長く王翦を支えてきた指揮系統が、この戦いで事実上崩れています。

史実では? 田里弥に対応する人物はいない

『史記』をはじめとする史料に、田里弥に相当する人物の記録はありません。作品オリジナルのキャラクターと考えられます。

そもそも番吾の戦いの秦側指揮官が記録にない

番吾の戦いは実在の戦いです。紀元前232年、秦王政が趙へ大規模な侵攻を行い、太原へ進んで狼孟と番吾を占領しましたが、李牧に撃破されました。李牧はさらに韓と魏の国境まで領土を回復したと記されています。

しかし『史記』には、この戦いで秦軍を率いた総大将の名が残っていません。総大将すら記録にない戦いですから、その配下の将の名が残っていないのは当然と言えます。田里弥が実在しないのではなく、記録が存在しない領域だという言い方のほうが正確です。

王翦は実在する

一方で、田里弥が仕えた王翦は実在の人物です。『史記』の白起王翦列伝に記録が残っています。

できごと
紀元前232年 秦が趙へ侵攻し、番吾で李牧に敗れる。秦側の指揮官の記録はない
紀元前229年 王翦・羌瘣・楊端和らが趙を攻める。李牧と司馬尚が防戦にあたる
紀元前228年 李牧が謀殺された三か月後、王翦が趙軍を破り、趙を滅ぼす
紀元前224年 王翦が60万の大軍を率いて楚を攻める。副将は蒙武
紀元前223年 楚の大将軍・項燕が自害し、楚が滅亡する

史実の王翦は、趙と楚という二つの大国を滅ぼした将軍です。ただし『史記』が記すのは王翦本人の動きが中心で、その軍にどのような将がいたかは、蒙武や李信、王賁といったごく限られた名前しか出てきません。

田里弥のような側近将は、実在したとしても名が残らない層にあたります。作品はその空白に人物を置き、王翦軍という組織の内側を描いています。

漫画と史実の違い

項目 『キングダム』 史実
田里弥の実在 王翦軍の第二将として活躍し、番吾で戦死 該当する記録は確認できない
番吾の戦い 王翦が総大将。秦の敗北 紀元前232年。秦の大敗だが指揮官の記録はない
司馬尚 亜光と田里弥を倒す決定的な存在 李牧とともに趙の防衛を担った将として名が残る
王翦 番吾で敗れ、撤退する 実在。のちに趙と楚を滅ぼす
戦死者 亜光、田里弥ら王翦軍の将 個別の戦死者に関する記録は乏しい

結果そのものは史実と一致しています。秦が番吾で敗れ、撤退したという骨格は変えられていません。作品が加えたのは、その敗北を誰がどう支えたかという部分です。

なぜ田里弥はこのように描かれたのか

王翦は自分の考えを部下にも明かさない将として描かれてきました。その王翦の意図を汲んで動ける人物がいなければ、王翦軍は機能しません。田里弥はその役割を担っていました。

だからこそ、田里弥の死は戦力の損失以上の意味を持ちます。王翦の頭脳の延長として働いてきた将がいなくなるということは、王翦の指揮そのものが以前と同じようには働かなくなるということです。第一将の亜光と第二将の田里弥を続けて失わせたのは、王翦という完成された将を一度崩すための展開と読めます。

そしてもう一点。田里弥は矛を振るわない将でした。武で名を上げる人物が多いこの作品で、最後の場面だけは自分の体を盾にしています。知将として描かれてきた人物が、最後に身体で殿を務める。この落差が第793話を印象的な回にしています。

アニメではまだ描かれていない

この場面は単行本73巻にあたります。

2026年8月の時点で、アニメはここまで進んでいません。第6シリーズが鄴攻略編の序盤から中盤までを描いた段階で、続きは続編で扱われることになります。

単行本 73巻
アニメ 2026年8月時点で未放送
放送済みの最新 第6シリーズ。原作46巻の第490話から朱海平原の戦いの中盤まで

続編の制作は決定していますが、放送時期は公表されていません。シリーズごとの原作範囲はアニメと原作の対応表にまとめています。

田里弥に関するよくある質問

田里弥が死亡するのは何巻何話ですか?

単行本73巻に収録された第793話「本物の殿」です。番吾の戦いの終盤にあたります。

田里弥の読み方は何ですか?

でんりみと読みます。漢字が読みにくいため、ひらがなで検索されることも多い人物です。

田里弥を討ったのは誰ですか?

趙の司馬尚です。ただし討ち取られる瞬間が描かれたわけではなく、致命傷を負ったあとも指揮を続け、馬上で力尽きました。

田里弥は王翦軍の何番目の将でしたか?

もとは第三将です。朱海平原の戦いで第二将の麻鉱が戦死したことにより、実質的に第二将の位置へ繰り上がりました。

亜光はいつ死亡しましたか?

第792話です。王翦を逃がすため司馬尚の前に立ち、討たれました。その次の話で田里弥が殿を引き継ぎます。

番吾の戦いは何巻何話ですか?

単行本71巻の第770話から、73巻の第799話「戦の車輪」にかけて描かれています。結果は秦の敗北です。

田里弥は史実に実在しますか?

該当する記録は確認できません。『史記』に田里弥の名はなく、作品オリジナルのキャラクターと考えられます。

史実の番吾の戦いはどうなりましたか?

紀元前232年、秦が趙へ侵攻して太原へ進み、狼孟と番吾を占領しましたが、李牧に撃破されました。李牧はさらに韓と魏の国境まで領土を回復しています。

王翦は史実に実在しますか?

実在します。『史記』の白起王翦列伝に記録があり、紀元前228年に趙を滅ぼし、紀元前224年からの遠征で楚も滅ぼしました。

田里弥の死後、王翦軍はどうなりましたか?

第一将の亜光と第二将の田里弥を同時に失い、側近将として残ったのは倉央のみとなりました。長く王翦を支えてきた指揮系統が事実上崩れています。

まとめ

  • 田里弥が戦死するのは単行本73巻の第793話「本物の殿」
  • 致命傷を与えたのは趙の司馬尚。王翦を逃がす殿を務め、馬上で息絶えた
  • もとは第三将で、朱海平原で麻鉱が戦死したことにより第二将へ繰り上がった
  • 王翦軍は第一将の亜光と第二将の田里弥を同時に失い、側近将は倉央のみとなった
  • 史実に対応する人物は確認できない。番吾の戦いは秦側の総大将すら記録に残っていない

記録に残っているのは、紀元前232年に秦が番吾で敗れたという一行だけです。その一行の裏側で誰がどう戦ったのかを描くのが『キングダム』という作品であり、田里弥はその代表格でした。矛を振るわなかった将が最後に体で殿を務めた第793話は、記録に残らない側の物語として読むと重みが変わってきます。

続きは単行本で

記事内で触れた『キングダム』73巻は、Amazonで確認できます。

Amazonで『キングダム』73巻を見る

当サイトはAmazonアソシエイト・プログラムの参加者です。

この記事について

執筆・編集: マンガノシラベ編集部
公式コミックスおよび公開されている史料をもとに作成しています。内容に誤りを見つけられた場合はお問い合わせよりご連絡ください。