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ネタバレ注意
この記事には『キングダム』宜安の戦い(72巻前後)の結末に関する記述が含まれます。未読の方はご注意ください。

『キングダム』の飛信隊で、黒飛麃(こくひひょう)隊を率いていたのが岳雷(がくらい)です。もとは麃公軍の兵で、我呂とともに飛信隊へ移ってきた人物でした。

この記事では、岳雷が死亡するのは何巻なのか、誰に討たれたのかを整理します。麃公が戦死したあと、なぜ岳雷が飛信隊を選んだのかという経緯も含めてまとめました。

結論

  • 岳雷は死亡します。単行本72巻に収録される場面です。
  • 討ったのは青歌軍の上和龍です。宜安の戦いで戦死しました。
  • もとは麃公軍の兵でした。麃公の死後、我呂らとともに飛信隊へ加わっています。
  • 黒飛麃隊は満童が引き継ぎました。隊そのものは失われていません。

岳雷のプロフィール

夕暮れの荒野のイメージ
宜安は趙国深部の要衝として描かれます(画像はイメージです)
名前 岳雷(がくらい)
所属 秦国・飛信隊。もとは麃公軍
階級 千人将
率いた隊 黒飛麃(こくひひょう)隊
飛信隊での在籍 約8年間
死亡 単行本72巻。宜安の戦い
討った相手 青歌軍の上和龍
史実のモデル 該当する記録なし

岳雷は飛信隊の生え抜きではありません。それでも千人将として黒飛麃隊を任され、8年にわたって隊の戦力を支え続けた人物です。

麃公軍から飛信隊へ

岳雷が飛信隊にいる理由は、前の主君を失ったからです。

麃公の死と軍の解散

麃公は「火を操る男」と呼ばれた秦の大将軍で、合従軍編の終盤に龐煖との一騎打ちで討たれました。単行本30巻・第325話です。

将軍が死ねば、その軍は解散します。多くの麃公兵は故郷へ帰る道を選びました。

500の兵を率いて移籍

そのなかで岳雷は、我呂ら500の兵を率いて飛信隊へ加わる道を選びます。表向きは「なんとなく」という言い方をしていますが、実際には自分の意思による選択でした。

飛信隊にとって、これは大きな戦力の獲得でした。すでに実戦経験を積んだ兵が部隊ごと合流したことになります。飛信隊が千人隊から急速に拡大できた背景には、この移籍があります。

赤飛麃と黒飛麃

麃公軍出身者が率いた隊には、特徴的な名前が付けられています。

指揮官 現在
黒飛麃 岳雷 岳雷の戦死後、満童が引き継ぐ
赤飛麃 我呂 我呂が二千人将として継続

どちらにも「麃」の字が入っています。飛信隊の「飛」と麃公の「麃」を組み合わせた名前です。

部隊の名前に前の主君の一字を残すというのは、単なる呼称の問題ではありません。麃公軍という部隊はもう存在しませんが、その名は飛信隊の内部に残り続けています。

岳雷の死亡は何巻?

岳雷が討たれるのは単行本72巻に収録される場面です。趙国深部での戦い、宜安の戦いにあたります。

青歌軍の上和龍

討ったのは、趙の青歌軍を率いる上和龍です。司馬尚の配下にあたる将で、桓騎軍のゼノウとも相打ちになった強敵でした。

宜安から肥下にかけての戦役は、秦にとって最悪の結果になった戦いです。桓騎軍が壊滅し、桓騎自身が討たれました。飛信隊もこの戦線に加わっており、岳雷はその中で失われています。

隊を託して

岳雷は死の間際、黒飛麃隊を満童に託しました。指揮官が倒れても隊が機能し続けるよう、最後に引き継ぎを済ませたことになります。

麃公の死後に自分が引き継いだ兵を、今度は次の者へ渡す。岳雷の8年間は、この形で締めくくられました。

飛信隊が失った人物たち

人物 戦い 巻・話
尾到 馬陽の戦い 14巻・第148話
松左 朱海平原の戦い 55巻・第595話
去亥 朱海平原の戦い 57巻・第619話
岳雷 宜安の戦い 72巻
那貴 宜安の戦い(桓騎のもとへ) 69巻・第752話

飛信隊は主要な隊員の戦死が多い部隊です。結成初期からの面々に加え、途中から加わった岳雷のような人物も失われていきます。

一方で、同じ麃公軍出身の我呂は生存しており、現在は二千人将として赤飛麃隊を率いています。同じ経緯で加わった二人のうち、一方が残り一方が失われた形です。

宜安の戦いで秦が失ったもの

岳雷が倒れた宜安の戦いは、秦にとって近年で最悪の戦役でした。

失った人物 立場 巻・話
桓騎 秦の大将軍。新六大将軍のひとり 69巻・第752話から753話
雷土 桓騎軍の千人将 拷問の末に死亡
ゼノウ 桓騎軍。上和龍と相打ち 宜安の戦い
那貴 飛信隊から桓騎のもとへ戻る 69巻・第752話
岳雷 飛信隊の千人将。黒飛麃隊 72巻

桓騎軍が事実上壊滅し、飛信隊も主要な千人将を失いました。この敗戦の翌年には番吾でも敗れ、王翦軍が亜光と田里弥を失います。秦の中華統一事業が最も足踏みした時期にあたります。

上和龍という敵将

岳雷を討った上和龍は、趙の青歌軍を率いる将です。

青歌軍は司馬尚の指揮下にある部隊で、宜安から番吾にかけての戦役で秦軍を苦しめ続けました。上和龍自身も、桓騎軍最強の戦士とされたゼノウと相打ちになるほどの武を持っています。

李牧の策と司馬尚の軍。この二つが噛み合った時期の趙は、秦がまったく手を出せない相手でした。岳雷の死は、その趙軍の質を示す出来事のひとつです。

なお青歌軍については、金毛や岳白公といった将の名も作中に出てきます。司馬尚配下の層の厚さが、番吾での秦軍敗北につながっていきます。

史実では? 岳雷に対応する記録はない

岳雷は史実に実在しません。『史記』をはじめとする史料に、岳雷に対応する人物の記録はありません。飛信隊という部隊そのものが作品独自の設定です。

一方、宜安の戦いは史実にあります。紀元前233年、秦の桓齮が趙の深部へ侵攻して赤麗と宜安を占領しましたが、南下してきた李牧に大敗しました。作中で桓騎軍が壊滅する展開は、この史実の敗北を具体化したものです。

項目 『キングダム』 史実
岳雷 飛信隊の千人将。黒飛麃隊を率いる 該当する記録はない
上和龍 青歌軍の将。岳雷を討つ 該当する記録はない
宜安の戦い 桓騎軍が壊滅する戦役 紀元前233年。秦軍が李牧に大敗した記録がある
麃公 合従軍編で龐煖に討たれる 実在。紀元前245年以降の記録は不明

飛信隊という部隊の受け入れ方

岳雷の移籍が示しているのは、飛信隊という部隊の性格です。

この隊は、出自を問わずに人を受け入れ続けてきました。信自身が下僕出身であり、羌瘣は暗殺者の一族、河了貂は梟鳴族です。そこへ麃公軍の残兵、桓騎軍の那貴、正規軍出身の楚水や渕が加わっていきました。

出自 該当する人物
城戸村の下僕
蚩尤の一族 羌瘣、羌礼
梟鳴族 河了貂
結成時の歩兵 尾平、尾到、澤圭、松左、去亥、崇原ら
他隊からの合流 楚水、渕
麃公軍の残兵 岳雷、我呂ら500人
桓騎軍からの移籍 那貴

百人隊が六万規模まで拡大できたのは、この受け入れの幅があったからです。岳雷が500の兵を連れてきた判断は、その拡大を大きく前へ進めました。

そして受け入れた以上、失うことにもなります。岳雷、那貴、松左、去亥。加わった経緯はそれぞれ違っても、飛信隊で戦って倒れたという点では同じです。隊が大きくなるほど、その名前は増えていきます。

アニメではまだ描かれていない

この場面は単行本72巻にあたります。

2026年8月の時点で、アニメはここまで進んでいません。第6シリーズが鄴攻略編の序盤から中盤までを描いた段階で、続きは続編で扱われることになります。

単行本 72巻
アニメ 2026年8月時点で未放送
放送済みの最新 第6シリーズ。原作46巻の第490話から朱海平原の戦いの中盤まで

続編の制作は決定していますが、放送時期は公表されていません。シリーズごとの原作範囲はアニメと原作の対応表にまとめています。

岳雷に関するよくある質問

岳雷が死亡するのは何巻ですか?

単行本72巻に収録される場面です。趙国深部での宜安の戦いにあたります。

岳雷を討ったのは誰ですか?

趙の青歌軍を率いる上和龍です。司馬尚の配下にあたる将で、桓騎軍のゼノウとも相打ちになった強敵でした。

岳雷の読み方は何ですか?

「がくらい」と読みます。

岳雷はなぜ飛信隊にいるのですか?

もとは麃公軍の兵でしたが、麃公が合従軍編で戦死して軍が解散したためです。多くの兵が故郷へ帰るなか、岳雷は我呂ら500の兵を率いて飛信隊へ加わる道を選びました。

黒飛麃隊とは何ですか?

岳雷が率いた隊の名前です。飛信隊の「飛」と麃公の「麃」を組み合わせた名で、我呂が率いる「赤飛麃」と対になっています。

黒飛麃隊はその後どうなりましたか?

岳雷が死の間際に満童へ託しました。隊そのものは失われていません。

岳雷は何年飛信隊にいたのですか?

約8年間です。合従軍編の後に加入し、宜安の戦いまで戦い続けました。

我呂はどうなりましたか?

生存しています。同じ麃公軍出身で、現在は二千人将として赤飛麃隊を率いています。

岳雷は史実に実在しましたか?

実在しません。飛信隊という部隊そのものが作品独自の設定です。

宜安の戦いは史実にありますか?

あります。紀元前233年、秦の桓齮が趙の深部へ侵攻して赤麗と宜安を占領しましたが、李牧に大敗しました。

まとめ

  • 岳雷の死は単行本72巻。宜安の戦いで青歌軍の上和龍に討たれた
  • もとは麃公軍の兵で、麃公の死後に我呂ら500の兵を率いて飛信隊へ加わった
  • 黒飛麃隊の指揮官として約8年間、飛信隊を支えた
  • 死の間際、黒飛麃隊を満童に託している
  • 同じ経緯で加わった我呂は生存し、赤飛麃隊を率いている
  • 岳雷に史実の記録はないが、宜安の戦いは紀元前233年の史実

前の主君を失って移ってきた男が、8年かけて隊を育て、最後は次の者へ渡して倒れる。麃公という将軍が遺したものが、こういう形で受け継がれていることが分かる人物です。

この記事について

執筆・編集: マンガノシラベ編集部
公式コミックスおよび公開されている史料をもとに作成しています。内容に誤りを見つけられた場合はお問い合わせよりご連絡ください。