麃公(ひょうこう)の死亡は30巻325話|龐煖に左腕を斬られ信に盾を託した最期・史実は3万斬りの記録のみ【キングダム】
この記事には『キングダム』蛇甘平原の戦い(5巻前後)と合従軍編(26巻から33巻)の展開が含まれます。連載の進行状況は2026年8月時点のものです。
火を操る男と呼ばれた秦の大将軍、麃公(ひょうこう)。戦場を炎として感じ取り、策を感覚で破ってしまう本能型の極みとして描かれた人物です。
この記事では、麃公が何巻何話で死亡したのか、誰に討たれたのかを整理します。あわせて史実の麃公にどのような記録が残っているのかも確認しました。麃公は実在の将軍であり、『史記』にはっきりと戦績が記されています。
結論
- 麃公は死亡しています。単行本30巻の第325話で最期が描かれました。
- 討ったのは趙の龐煖(ほうけん)です。合従軍編で李牧の策により孤立し、一騎打ちの末に倒れました。
- 史実の麃公も実在します。『史記』秦始皇本紀に、紀元前245年に魏の巻を攻めて3万を斬ったと記録されています。
麃公のプロフィール

| 名前 | 麃公(ひょうこう) |
|---|---|
| 所属 | 秦国 |
| 階級 | 大将軍 |
| 武器 | 矛と盾 |
| 外見 | 白髪と白髭。金色の鎧 |
| 戦い方 | 本能型。戦況を炎として感じ取り、知略型の策を感覚で破る |
| 性格 | 強者との戦いを好み、うまい酒が飲めれば満足という豪快な武人 |
| 初登場 | 単行本5巻。蛇甘平原の戦い |
| 死亡 | 単行本30巻 第325話 |
麃公は『キングダム』における本能型の代表格です。作中では戦況を数値や計算ではなく、燃え上がる炎として捉えるという描かれ方をします。趙の李牧からも本能型の極みと評されました。
信との出会い
麃公の初登場は、単行本5巻から始まる蛇甘平原の戦いです。この戦いで信は歩兵として参加しており、麃公と魏の呉慶の一騎打ちを間近で見ることになります。
この一騎打ちで麃公は呉慶を討ち取り、死にゆく相手に対して見事な大炎であったと声をかけました。敵将を称える態度は、以後の麃公の描かれ方をそのまま示しています。
麃公の最期は何巻何話?
麃公が死亡するのは単行本30巻の第325話です。アニメでは第3シリーズの第17話「本能型の極み」にあたります。合従軍編の終盤にあたる場面でした。
死に至るまでの流れ
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 1 | 合従軍が秦へ侵攻し、函谷関での防衛戦が続く |
| 2 | 李牧が本隊を率いて南の道から回り込み、王都を目指す |
| 3 | 麃公は敵の気配だけでこの動きを察知し、追撃に出る |
| 4 | 李牧の策により麃公軍は分断され、孤立する |
| 5 | 李牧本陣へ迫ったところで龐煖が立ちはだかる |
| 6 | 一騎打ちの末、麃公は致命傷を負って死亡する |
注目すべきなのは、麃公が李牧の動きを察知した方法です。斥候の報告や地図の分析ではなく、敵の気配そのものから読み取っています。本能型という設定が最も強く働いた場面でした。
龐煖との一騎打ち
李牧本陣を目前にして現れたのが、武神を名乗る龐煖です。この一騎打ちで麃公は左腕を斬り落とされ、瀕死の状態に追い込まれます。
それでも麃公は片腕のまま戦い続け、残った右腕で龐煖の左腕をつかんで損傷させました。しかし傷が深く、最後は力尽きます。この場に駆けつけた信に自らの盾を託し、火を絶やすなという言葉を残して息を引き取りました。
龐煖は摎を討ち、王騎に致命傷を与える戦いにも関わり、この麃公戦でも秦の大将軍を葬っています。最終的に龐煖は信によって討たれることになります。
合従軍編での麃公
麃公の最後の戦いとなった合従軍編は、趙、魏、韓、燕、楚の5カ国が連合して秦へ攻め込んだ戦いです。秦は函谷関に戦力を集めて防衛にあたりますが、李牧は本命の別動隊を用意していました。
函谷関が持ちこたえているあいだに、李牧は本隊を南の道から回り込ませ、手薄になった王都咸陽を直接狙います。この動きに気づいた者は、当初ほとんどいませんでした。
それを察知したのが麃公です。麃公は追撃に出ますが、これは李牧が想定していた展開でもありました。結果として麃公軍は分断され、李牧本陣の目前で龐煖に阻まれることになります。麃公が命を懸けて稼いだ時間が、蕞の防衛戦につながっていきました。
史実では? 麃公は実在した秦の将軍
ここからが差別化パートです。麃公は作品オリジナルの人物ではありません。『史記』秦始皇本紀に、麃公という秦の将軍の記録が残っています。
「麃公」は個人名ではない
まず名前についてです。麃公という呼び方は、姓名ではないと考えられています。麃という秦の邑(まち)の公、すなわち大夫の異称としての「公」を組み合わせたもの、という理解が一般的です。
つまり麃公とは、麃という土地を与えられた人物という意味の呼称であり、本来の姓氏名は伝わっていません。昌文君や昌平君と同じく、封じられた地名で呼ばれている人物です。
史実の麃公の年表
| 年代 | 出来事 |
|---|---|
| 紀元前246年 | 秦王政が即位。麃公は蒙驁、王齮とともに将軍に任じられる |
| 紀元前245年 | 魏の巻(けん)を攻め、首を斬ること3万に及ぶ |
| 以後 | 記録が途絶える。生没年も死因も不詳 |
紀元前245年の戦いは『資治通鑑』にも記されており、麃公が兵を率いて巻を攻め、3万を斬ったという趣旨の記述が残っています。巻は現在の河南省にあたる地とされます。
3万という数字は、当時の記録の中でも小さくありません。麃公が一度きりの記録しか残していないにもかかわらず名が伝わっているのは、この戦果によるところが大きいと言えます。
王騎のモデルと同時に任じられた
この年表でもうひとつ見逃せないのが、紀元前246年の記述です。麃公は蒙驁、王齮とともに将軍に任じられたと記されています。
蒙驁は作中にも同じ名で登場する大将軍です。そして王齮は、作中の王騎のモデルとされる実在の将軍にあたります。作中で麃公、蒙驁、王騎が同時代の大将軍として並んでいるのは、この一行の記録に対応しています。
死亡の記録はない
史実の麃公については、紀元前245年の巻攻めを最後に記録が途絶えます。いつどこで死んだのか、そもそも戦死したのかどうかも分かっていません。
作中で麃公が龐煖に討たれるのは合従軍編、すなわち紀元前241年の出来事にあたります。史実の記録が途切れた数年後に死亡を配置したという形です。
漫画と史実の違い
| 項目 | 『キングダム』 | 史実 |
|---|---|---|
| 死亡 | 30巻325話で龐煖に討たれる | 死亡の記録はない。紀元前245年以降は不明 |
| 名前 | 麃公という将軍名として扱われる | 麃という邑の公の意。本来の姓氏名は不明 |
| 戦い方 | 本能型。戦況を炎として感じ取る | 戦い方についての記録はない |
| 主な戦い | 蛇甘平原、函谷関、合従軍との追撃戦 | 紀元前245年の魏の巻攻めで3万を斬る |
| 将軍任命 | 作中では昭王の時代から続く大将軍として描かれる | 紀元前246年、蒙驁・王齮とともに将軍に任じられた |
| 信との関係 | 信に盾を託す | 記録なし。信のモデルである李信との接点も不明 |
なぜ麃公は火を操る男として描かれたのか
史実の麃公に残されているのは、将軍に任じられたという一行と、3万を斬ったという一行だけです。人物像は何も書かれていません。
その空白に与えられたのが、本能型という戦い方でした。この作品には知略型と本能型という対立軸があり、王翦や昌平君が前者、信や麃公が後者にあたります。麃公はこの対立軸の中で、本能型が到達しうる最高点として置かれています。
そして炎という比喩には、もうひとつの役割があります。火は受け渡すことができるからです。麃公が信に盾を託し、火を絶やすなと言い残す構図は、この比喩がなければ成立しません。
『キングダム』は、大将軍が死ぬたびに何かが次の世代へ渡っていく作品です。王騎は矛を、麃公は盾と火を信に渡しました。史実に一行しか残っていない将軍が、その受け渡しの中心に置かれている。ここに、この作品の史実の使い方がよく表れています。
アニメでは第何シリーズか
この場面は、アニメでは第3シリーズにあたります。
| 単行本 | 30巻 |
|---|---|
| アニメ | 第3シリーズ |
| そのシリーズの内容 | 合従軍編。函谷関の攻防と蕞の防衛戦 |
アニメは原作の話をそのまま順番に並べているわけではありません。巻の区切りとシリーズの区切りは完全には一致しないため、目安として捉えてください。
シリーズごとの原作範囲はアニメと原作の対応表にまとめています。
麃公に関するよくある質問
麃公は何巻何話で死亡しますか?
単行本30巻の第325話です。合従軍編の終盤で、李牧の本陣へ迫った場面で龐煖と一騎打ちになり、致命傷を負いました。
麃公を殺したのは誰ですか?
趙の龐煖です。武神を名乗る人物で、摎を討ち、王騎に致命傷を与える戦いにも関わっていました。
麃公はなぜ孤立したのですか?
李牧の策によって軍を分断されたためです。麃公は李牧が南の道から回り込む動きを気配だけで察知して追撃しましたが、その先で包囲される形になりました。
麃公は信に何を託しましたか?
自らの盾を託しました。あわせて火を絶やすなという言葉を残しています。これは麃公が戦場を炎として捉えていたことに由来する言葉です。
麃公の初登場は何巻ですか?
単行本5巻です。蛇甘平原の戦いで魏の呉慶と一騎打ちを行い、これを討ち取っています。信はこの戦いを間近で見ていました。
本能型とはどういう意味ですか?
計算ではなく感覚で戦況を捉える戦い方です。麃公は戦場を炎として感じ取り、知略型の将が組んだ策を感覚で破ってしまう人物として描かれます。
麃公は史実に実在しましたか?
実在します。『史記』秦始皇本紀に、秦王政の即位時に将軍へ任じられた人物として麃公の名が記されています。
史実の麃公は何をした人物ですか?
紀元前245年に魏の巻を攻め、首を斬ること3万に及んだと記録されています。『資治通鑑』にも同じ趣旨の記述があります。
「麃公」は本名ですか?
本名ではありません。麃という秦の邑の公という意味の呼称と考えられており、本来の姓氏名は伝わっていません。
史実の麃公はどのように死んだのですか?
分かっていません。紀元前245年の巻攻めを最後に記録が途絶えており、没年も死因も不明です。作中の死に方は創作にあたります。
まとめ
- 麃公は単行本30巻の第325話で死亡した
- 討ったのは趙の龐煖で、合従軍編の追撃戦の末の一騎打ちだった
- 左腕を斬り落とされながら戦い、信に盾と火を託して息を引き取った
- 史実の麃公も実在し、紀元前245年に魏の巻を攻めて3万を斬った記録がある
- 紀元前246年に蒙驁・王齮とともに将軍へ任じられた記録も残るが、死亡の記録はない
史実に残る麃公は、将軍に任じられ、3万を斬り、そして記録から消えました。その空白に火という比喩を置き、次の世代へ渡すものを与えたのが作中の麃公です。第325話を読み返すとき、この一行だけの将軍のことを思い出してみてください。
この記事について
執筆・編集: マンガノシラベ編集部
公式コミックスおよび公開されている史料をもとに作成しています。内容に誤りを見つけられた場合はお問い合わせよりご連絡ください。
