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ネタバレ注意
この記事には『キングダム』馬陽の戦い(11巻から17巻)の展開と、史実にもとづく解説が含まれます。連載の進行状況は2026年8月時点のものです。

『キングダム』で「昭王の時代」という言葉が何度も出てきます。六大将軍が置かれ、秦が中華で最も勢いを持っていた時期を指す表現です。その中心にいたのが秦の昭王(しょうおう)でした。

この記事では、昭王が作中でどのような王として語られているのかを整理します。そのうえで、史実の昭襄王がどれほど長く在位し、秦をどう変えたのかを確認しました。史実の昭王は、秦の統一事業の土台をほとんど作り終えた王です。

結論

  • 昭王は物語が始まる前に世を去っています。作中では回想と、旧世代の人物たちの言葉のなかで語られる存在です。
  • 嬴政の曽祖父にあたります。昭王、孝文王、荘襄王、そして嬴政という順に王位が継がれました。
  • 旧六大将軍を置いたのが昭王です。白起・王齕・王騎・摎・胡傷・司馬錯の6人に、戦争の自由を与える地位を設けました。
  • 史実の昭襄王は在位56年です。紀元前306年から紀元前251年まで王位にあり、長平の戦いで趙を壊滅させ、周王朝を終わらせています。

昭王のプロフィール

中国の古代宮殿の屋根のイメージ
昭王の時代、秦は中華で最も強大な国になっていました(画像はイメージです)
名前 昭王(しょうおう)。史実では昭襄王(しょうじょうおう)
本名 嬴稷(えいしょく)
嬴政との関係 曽祖父
作中での立場 物語開始前の王。六大将軍を置いた王として語られる
作中では摎(きょう)が娘として描かれる
史実の在位 紀元前306年から紀元前251年(56年間)
史実の生没 紀元前325年から紀元前251年

作中では「昭王」、史実の文献では「昭襄王」と表記されることが多い人物です。同じ王を指しています。

キングダムでの昭王

昭王は本編の時間軸ではすでに世を去っています。それでも作中で名前が出る回数は多く、旧世代を語るときの基準点になっています。

六大将軍を置いた王

昭王が作中で最も強く結びつけられるのが、六大将軍という地位です。

旧六大将軍 備考
白起(はくき) 史実でも秦の名将として記録が残る
王齕(おうこつ) 史実にも記録がある
王騎(おうき) 作中で信たちの前に立つ大将軍
摎(きょう) 旧六大将軍で唯一の女性。昭王の娘
胡傷(こしょう) 史実にも記録がある
司馬錯(しばさく) 史実にも記録がある

六大将軍は、王の許可なく戦争を行える自由を与えられた地位として描かれます。国家の意思決定を経ずに将軍が動けるという仕組みは、王がそれだけ将たちを信頼していたことを意味します。

この制度は昭王の死後にいったん途絶え、のちに嬴政が新六大将軍として復活させました。

摎の父

作中の昭王には、摎という娘がいます。後宮の宮女とのあいだに生まれた子で、政争に巻き込まれることを恐れた母によって後宮を出されたため、昭王は長らくその存在を知りませんでした。

摎は王騎の家に預けられ、表向きは召使いの子として育ちます。そこで武芸を修め、やがて六大将軍にまで昇りつめました。素顔を隠すために仮面をつけて戦場に立っていたのは、王族である身分を隠すためです。

摎の最期は単行本16巻・第165話「強さの根源」で、王騎の回想として描かれました。昭王という人物の輪郭も、この回想のなかで語られます。

山の民との盟約

秦と山の民のあいだに結ばれた盟約も、昭王の時代のものです。この盟約はのちに途絶えますが、嬴政が王座を取り戻す戦いのなかで結び直されました。

王都奪還が成立したのは、昭王の代に結ばれた縁が残っていたからです。作中で昭王が果たしている役割は、こうした「前の代からの遺産」という形が多くなっています。

史実の昭襄王|在位56年で秦を最強国にした

史実の昭襄王は、中国史のなかでも屈指の長期在位を記録した王です。

在位56年という長さ

昭襄王の在位は紀元前306年から紀元前251年までの56年間です。恵文王の子で、武王の異母弟にあたります。

比較のために言えば、孫にあたる荘襄王の在位は3年、その前の孝文王に至っては1年で世を去っています。始皇帝となる嬴政が即位したとき、昭襄王の時代の記憶はまだ生きていました。

范雎と遠交近攻

昭襄王の治世を語るうえで欠かせないのが、宰相となった范雎です。范雎が説いた遠交近攻は、遠い国とは友好を保ち、近い国から順に攻めるという戦略でした。

それまでの秦は遠方への遠征も行っていましたが、この方針によって隣接する韓・魏・趙を削っていく形に切り替わります。統一戦争の進め方そのものが、ここで定まったといえます。

長平の戦い

昭襄王の治世で最大の戦いが、紀元前260年の長平の戦いです。

手順 内容
1 秦が王齕を将として趙へ侵攻し、上党を占領する
2 趙は廉頗を将として持久策を取り、秦軍は攻めあぐねる
3 范雎が趙国内に間者を送り、秦は趙括を恐れているという偽情報を流す
4 趙が廉頗を退け、趙括を大将に据える
5 秦は白起を将に切り替え、趙軍を包囲して壊滅させる

この戦いで趙は40万を超える兵を失ったと記録されており、以後、秦に正面から対抗できる国はなくなりました。統一の行方は、この時点でほぼ決まっていたともいえます。

白起に自害を命じる

長平で趙を破った白起は、その後、范雎と対立します。昭襄王の出陣命令にも従わなくなり、最終的に王は白起に自害を命じました。

秦を最強にした将軍が、その秦の王によって死を命じられる。昭襄王の治世は、こうした厳しさもあわせて記録されています。

周王朝を終わらせる

紀元前256年、昭襄王は周の赧王を降しました。九鼎を咸陽へ移し、およそ800年続いた周王朝の支配はここで終わります。

『史記』にはこのとき西周を降した将軍として摎の名が残っています。作中の摎が昭王の娘として描かれていることを考えると、この一致は興味深い部分です。

昭襄王のあと

出来事
紀元前251年 昭襄王が死去。安国君が孝文王として即位する
紀元前250年 孝文王が在位1年ほどで死去。子楚が荘襄王として即位する
紀元前249年 荘襄王が呂不韋を派遣し、東周を滅ぼす
紀元前247年 荘襄王が死去し、嬴政が即位する

昭襄王の死から嬴政の即位まで、わずか4年です。この短い期間に王が3人替わりました。『キングダム』の序盤で秦の王権が不安定なのは、この慌ただしい継承の直後だからでもあります。

漫画と史実の違い

項目 『キングダム』 史実
六大将軍 昭王が設けた特別な地位。戦争の自由を持つ 制度としては存在しない。個々の将軍は実在
昭王の娘。六大将軍で唯一の女性 紀元前256年に西周を降した将軍として名が残る。女性という記録はない
山の民との盟約 昭王の時代の盟約が物語の前提になる 穆公と岐下の野人の逸話が『史記』秦本紀に残る
王騎 昭王時代の六大将軍のひとり 王齮という名の将軍が記録に残るが、対応は部分的
治世の描かれ方 秦が最も勢いを持っていた時代として語られる 在位56年。長平の戦いと周王朝の終焉が起きた時代

作中の昭王は、直接描かれないぶん理想化された形で語られます。一方で史実の昭襄王は、白起に自害を命じるなど、冷徹な判断も記録されている王です。

昭王に関するよくある質問

昭王はキングダムに登場しますか?

本編の時間軸ではすでに世を去っており、回想や旧世代の人物の言葉のなかで語られます。摎の最期を描いた単行本16巻・第165話「強さの根源」などが該当する場面です。

昭王と嬴政はどういう関係ですか?

昭王は嬴政の曽祖父です。昭王、孝文王、荘襄王、嬴政の順に王位が継がれました。

昭王と昭襄王は同じ人物ですか?

同じ人物です。作中では昭王、史実の文献では昭襄王と表記されることが多くなっています。

六大将軍を作ったのは誰ですか?

昭王です。白起・王齕・王騎・摎・胡傷・司馬錯の6人に、王の許可なく戦争を行える自由を与えました。のちに嬴政が新六大将軍として復活させています。

摎は昭王の娘ですか?

作中ではそう描かれています。後宮の宮女とのあいだに生まれた子で、政争を避けるため王騎の家に預けられて育ちました。

史実の昭襄王はどれくらい在位しましたか?

56年間です。紀元前306年から紀元前251年まで王位にありました。中国史でも屈指の長期在位です。

長平の戦いはいつですか?

紀元前260年です。白起が趙軍を包囲して壊滅させ、趙は40万を超える兵を失ったと記録されています。

昭襄王は白起を殺したのですか?

自害を命じています。長平で趙を破った白起は范雎と対立し、王の出陣命令にも従わなくなったため、最終的に死を命じられました。

周王朝を滅ぼしたのは昭襄王ですか?

紀元前256年に周の赧王を降し、九鼎を咸陽へ移しました。およそ800年続いた周の支配はここで終わっています。

昭王が死んだあと秦はどうなりましたか?

紀元前251年に昭襄王が死去したあと、孝文王が在位1年ほどで死去し、荘襄王も紀元前247年に世を去りました。4年で王が3人替わり、そこで嬴政が即位しています。

まとめ

  • 昭王は物語開始前の秦の王で、嬴政の曽祖父にあたる
  • 白起・王齕・王騎・摎・胡傷・司馬錯からなる旧六大将軍を置いた王
  • 作中では摎の実父として、また山の民との盟約を結んだ王として語られる
  • 史実の昭襄王は在位56年。紀元前306年から紀元前251年まで王位にあった
  • 范雎の遠交近攻を採り、長平の戦いで趙を壊滅させ、周王朝を終わらせた
  • 昭襄王の死から4年で王が3人替わり、そこで嬴政が即位した

『キングダム』が描くのは嬴政の統一事業ですが、その土台をほとんど作り終えていたのが昭王でした。作中で旧世代の人物たちが昭王の時代を懐かしむのは、単なる思い出話ではありません。あの時代に秦が何を得たかを知ると、彼らの言葉の重さが変わってきます。

この記事について

執筆・編集: マンガノシラベ編集部
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