辛勝(しんしょう)とは?王翦軍の五千人将・史実では紀元前227年に燕を攻めた将軍【キングダム】
この記事には『キングダム』74巻前後の展開と、史実に基づく今後の見通しに関する記述が含まれます。未読の方はご注意ください。
王翦軍に、名前と顔が後から明かされた将がいます。辛勝(しんしょう)です。
そしてこの人物は、史実で燕を攻め落とす側にいた実在の将軍です。この記事では、辛勝が作中でどう登場し、史実で何をしたのかを整理します。
結論
- 辛勝は王翦軍の五千人将です。74巻前後で名前と顔が明かされました。
- 史実に実在する秦の将軍です。『史記』に記録があります。
- 紀元前227年、王翦とともに燕を攻めました。易水の西で燕・代連合軍を破っています。
- 内史騰と同一人物とする説もあります。ただし確定した見解ではありません。
辛勝とはどんな人物か

| 読み方 | しんしょう |
|---|---|
| 所属 | 秦・王翦軍 |
| 立場 | 五千人将 |
| 作中の登場 | 74巻前後で名前と顔が明かされる |
| 史実 | 実在。『史記』に秦の将軍として記録がある |
王翦軍には、亜光・麻鉱・田里弥・倉央という四将が知られています。辛勝はその下の階層にあたる五千人将として描かれました。
興味深いのは、名前が明かされる前から作戦会議の場面などに姿があったとされる点です。背景にいた人物が、あるとき前に出てくるという登場の仕方でした。
史実の辛勝
史実の辛勝は、燕の攻略に関わった将軍です。
紀元前227年、燕の太子丹が荊軻を送り、始皇帝の暗殺を試みました。これに激怒した秦は、燕への侵攻を本格化させます。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 紀元前227年 | 荊軻による始皇帝暗殺未遂。王翦と辛勝が燕を攻める |
| 同年 | 易水の西で燕・代連合軍を破る |
| 紀元前226年 | 燕の都・薊が陥落する |
| 紀元前222年 | 王賁が燕を滅ぼす |
易水は、荊軻が秦へ発つ際に見送りを受けた川としても知られます。その川の西で、暗殺の報復にあたる戦いが行われました。
辛勝の名は、この燕攻めの場面で『史記』に現れます。王翦と並んで記される将であり、当時の秦軍のなかで相応の地位にあったことが分かります。
この説が生まれる背景には、史料の記述の少なさがあります。『史記』に将軍として名が出ても、その人物の来歴まで書かれていない例は珍しくありません。名前だけが残り、前後の記録が欠けていると、別の記述との照合で同一人物説が立てられることになります。
内史騰と同一人物という説
辛勝については、内史騰と同じ人物ではないかとする見方があります。
内史騰は、紀元前230年に韓を滅ぼした将軍です。作中では騰として登場し、王騎の副官から大将軍まで昇りました。
| 人物 | 史実の記録 |
|---|---|
| 内史騰 | 紀元前230年、韓を攻めて韓王安を捕らえる |
| 辛勝 | 紀元前227年、王翦とともに燕を攻める |
この説は確定したものではありません。同一人物とする根拠も、別人とする根拠も、決定的なものは示されていません。
作中では両者が別の人物として描かれています。騰は独立した大将軍であり、辛勝は王翦軍の五千人将です。作品は別人という解釈を採ったことになります。
王翦軍という部隊
| 人物 | 立場 | 結末 |
|---|---|---|
| 王翦 | 大将軍。新六大将軍のひとり | 生存 |
| 亜光 | 第一将 | 番吾の戦いで司馬尚に討たれる |
| 麻鉱 | 四将のひとり | 49巻・第531話で戦死 |
| 田里弥 | 四将のひとり | 番吾の戦いで戦死 |
| 倉央 | 四将のひとり | 生存 |
| 辛勝 | 五千人将 | 生存 |
王翦軍は四将のうち3人を失っています。その状況で、新たに名前が明かされる将が出てきたことになります。
史実の辛勝が燕攻めで名を残す以上、作中でもこの先の戦役で役割を持つ可能性があります。
荊軻の暗殺未遂という発端
辛勝が関わった燕攻めの直接のきっかけが、荊軻による暗殺未遂です。
紀元前227年、燕の太子丹は荊軻を刺客として秦へ送りました。名目は燕の地図と、秦から逃れていた樊於期の首を献上するというものです。地図を巻いた筒の中に匕首を隠していました。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 準備 | 樊於期が自ら首を差し出し、燕の地図とともに献上物とする |
| 謁見 | 荊軻が使者として始皇帝に近づく |
| 実行 | 地図を広げた末に匕首が現れ、襲いかかる |
| 失敗 | 始皇帝に躱され、荊軻はその場で殺される |
「図窮まりて匕首見る」という言葉は、この場面から生まれました。物事の最後に隠していた本心が現れるという意味です。
この一件の直後、王翦と辛勝が燕へ向かいます。暗殺という手段が、かえって侵攻を早める結果になりました。詳しくは荊軻の記事にまとめています。
秦の統一戦における将の配分
史実の統一戦は、王翦と王賁の親子がほぼ実行しています。辛勝のような将は、その下で個別の戦役に加わりました。
| 国 | 滅亡年 | 攻めた将 |
|---|---|---|
| 韓 | 紀元前230年 | 内史騰 |
| 趙 | 紀元前228年 | 王翦 |
| 魏 | 紀元前225年 | 王賁 |
| 楚 | 紀元前223年 | 王翦 |
| 燕 | 紀元前222年 | 王賁 |
| 斉 | 紀元前221年 | 王賁 |
燕の都・薊が落ちたのは紀元前226年ですが、燕そのものが滅ぶのは紀元前222年です。都を失ってからも4年、遼東へ逃れて存続していました。
辛勝が関わったのは、その前段にあたる易水の戦いです。都を落とすまでの流れを作った戦いでした。
燕という国
辛勝が史実で攻めた燕は、七雄で最も北にある国です。現在の北京周辺を領域としていました。
| 時期 | 燕の状況 |
|---|---|
| 昭王の時代 | 楽毅を招き、斉の70余城を落とす。最盛期 |
| 紀元前242年 | 劇辛が趙を攻めて龐煖に敗死する |
| 紀元前227年 | 太子丹が荊軻を送り、始皇帝暗殺を試みる |
| 紀元前226年 | 都の薊が陥落する |
| 紀元前222年 | 秦に滅ぼされる |
暗殺という手段に頼った結果、報復を招いて滅亡が早まりました。辛勝はその報復戦に加わった将です。
作中ではまだ燕攻略の段階に至っていません。合従軍編で燕の将として登場したのはオルドで、太子丹や荊軻の物語もこれからになります。
史実に名が残る将と残らない将
作中には多くの将が登場しますが、史実に名が残っているのはその一部です。
| 実在する | 実在しない |
|---|---|
| 王翦、王賁、辛勝、内史騰、蒙驁、蒙武、蒙恬、李信、楊端和、桓齮、張唐、麃公、白起、王齕、司馬錯 | 亜光、麻鉱、田里弥、倉央、録嗚未、干央、介億、摎 |
王翦軍で見ると、大将軍の王翦と五千人将の辛勝は実在し、その間にいる四将は創作という構成になっています。
これは史料の残り方によるものです。『史記』に記されるのは、国の記録として残る規模の戦役に関わった将だけです。部隊の内部でどういう人物が動いていたかは、記録に残りません。
作品は、その空白に人物を配置しています。実在の将のあいだを創作の人物で埋めることで、部隊としての厚みが生まれました。
作中で辛勝が五千人将として登場した時期は、王翦軍が番吾の戦いで大きな損害を出した後にあたります。亜光と田里弥という四将のうち2人を失い、部隊の再編が必要な局面でした。そこで名前が明かされる将が出てきたという流れは、部隊の立て直しとも重なります。
五千人将という階級
辛勝の五千人将という階級は、作中の秦軍における位置づけです。
| 階級 | 率いる兵 | 作中の例 |
|---|---|---|
| 千人将 | 1,000人 | 信は23巻・第243話で昇進 |
| 五千人将 | 5,000人 | 信は38巻・第407話で昇進。辛勝もこの階級 |
| 将軍 | 1万以上 | 信・王賁・蒙恬が59巻・第642話で任命 |
なお「千人将」「五千人将」という語は、史料では確認できません。『商君書』には百将・五百主・二五百主という指揮官の名が見えますが、作中の階級名は作品独自のものです。
辛勝の読み方と同名の紛らわしさ
この人物の名は、日本語の一般語と重なります。
| 表記 | 読み | 注意点 |
|---|---|---|
| 辛勝 | しんしょう | 「かろうじて勝つ」の意味の辛勝と同じ表記 |
| 内史騰 | ないしとう | 同一人物という説がある |
「辛勝」は、接戦での勝利を指す言葉としても使われます。そのため検索では、人物と一般語が混ざりやすくなっています。
史実では、内史騰と同じ人物ではないかという見方もあります。ただし確定した説ではありません。
辛勝に関するよくある質問
辛勝とは誰ですか?
王翦軍の五千人将です。74巻前後で名前と顔が明かされました。
辛勝の読み方は何ですか?
しんしょうです。
辛勝は史実に実在しますか?
実在します。『史記』に秦の将軍として記録があります。
史実の辛勝は何をしたのですか?
紀元前227年、王翦とともに燕を攻め、易水の西で燕・代連合軍を破りました。
なぜ燕を攻めたのですか?
燕の太子丹が荊軻を送り、始皇帝の暗殺を試みたためです。その報復として侵攻が本格化しました。
内史騰と同一人物なのですか?
そうした説はありますが、確定していません。作中では騰と辛勝は別の人物として描かれています。
辛勝はどこの部隊にいますか?
王翦軍です。亜光・麻鉱・田里弥・倉央という四将の下の階層にあたります。
王翦軍は誰を失ったのですか?
麻鉱が49巻・第531話で、亜光と田里弥が番吾の戦いで戦死しました。四将のうち3人を失っています。
燕はいつ滅んだのですか?
紀元前222年です。王賁が率いる秦軍によって滅ぼされました。
易水とはどこですか?
燕の地を流れる川です。荊軻が秦へ発つ際に見送りを受けた場所としても知られます。
まとめ
- 辛勝は王翦軍の五千人将で、74巻前後に名前と顔が明かされた
- 史実に実在する秦の将軍で、『史記』に記録がある
- 紀元前227年、王翦とともに燕を攻め、易水の西で燕・代連合軍を破った
- 荊軻の暗殺未遂への報復として、燕への侵攻が本格化した
- 内史騰と同一人物とする説があるが、確定していない
- 作中では騰と辛勝が別人として描かれている
背景にいた将が前に出てきて、史実では一国を落とす側に立つ。作中でこの先どう扱われるかは、燕攻略の段階まで進んでから見えてくることになります。
この記事について
執筆・編集: マンガノシラベ編集部
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