信(李信)は死亡する?キングダム作中の現状と倒した武将一覧・史実の李信の最期を解説【キングダム】
この記事には『キングダム』本編の展開と、史実にもとづく今後の予測が含まれます。連載の進行状況は2026年8月時点のものです。
『キングダム』の主人公・信(しん)。下僕の身から天下の大将軍を目指す少年として物語が始まり、いまでは秦の将軍・李信(りしん)として中華統一戦争の中心に立っています。
その信について、検索では「死亡」という言葉がよく一緒に調べられています。実は作中で一度、信の心臓が止まる場面があるためです。この記事では、信が現在も生きているのか、あの場面で何が起きたのか、そして史実の秦の将軍・李信がどのような生涯を送ったのかを整理します。
結論
- 信は2026年8月時点で生存しています。連載は継続中で、信は主人公として物語の中心にいます。
- ただし一度、命を落としています。単行本58巻、龐煖を討ち取った直後に信は倒れ、羌瘣が蚩尤族に伝わる禁術で信を蘇生させました。
- 史実の李信は楚攻めで大敗しています。ただしその後に復帰し、斉を滅ぼす戦いにも参加しました。死亡についての記録は残っていません。
信(李信)のプロフィール

| 名前 | 信(しん)/李信(りしん) |
|---|---|
| 所属 | 秦国 |
| 出身 | 城戸村の下僕 |
| 部隊 | 飛信隊。隊の名は王騎から与えられた |
| 目標 | 天下の大将軍になること |
| 主な仲間 | 河了貂(軍師)、羌瘣、尾平、崇原など |
| 史実のモデル | 秦の将軍・李信(実在) |
信は下僕という最も低い身分から始まり、戦のたびに武功を重ねて階級を上げてきました。王都奪還戦で平民となり、蛇甘平原で百人将、馬陽で三百人将、山陽で千人将、合従軍戦で三千人将、著雍で五千人将と昇進し、鄴攻めのあとに将軍へ到達します。このとき、それまで名しか持たなかった信は「李信」と名乗るようになりました。
信は作中で死亡する? 現在の状況
結論として、信は2026年8月時点で死亡していません。単行本は79巻まで刊行されており、連載も続いています。信は将軍として戦い続けている状態です。
それでも「信 死亡」という検索が絶えないのは、作中に信が実際に息を引き取る場面が存在するからです。
58巻で信の心臓が止まる
鄴攻め、朱海平原の戦いの最終盤。信は趙国三大天のひとりで武神を名乗る龐煖(ほうけん)と決着をつけます。龐煖の最期が描かれるのは単行本58巻の第627話とされています。
しかし信もこの戦いで致命傷を負っており、龐煖を倒した直後に倒れます。ここで信は一度、命を落としました。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 1 | 朱海平原の戦いで信が龐煖と最終決戦に入る |
| 2 | 58巻で信が龐煖を討ち取る |
| 3 | 直後、深手を負っていた信が倒れ、息を引き取る |
| 4 | 報せを受けた羌瘣が、蚩尤族に伝わる禁術で信を蘇生させる |
| 5 | 羌瘣は自らの寿命を削ることになるが、蚩尤族がもともと長命であったため、寿命は常人並みに戻る程度で収まったとされる |
つまり「信は死んだのか」という問いへの答えは、一度死んで生き返った、が正確です。この一連の展開は58巻の中で描かれており、蘇生までは数話しかかかっていません。
信が倒した武将一覧
信が主人公として積み上げてきたものは、そのまま討ち取った敵将の数に表れています。主なものを整理します。
| 敵将 | 所属 | 戦い |
|---|---|---|
| 馮忌(ふうき) | 趙 | 馬陽の戦い。信が初めて討ち取った将軍格 |
| 輪虎(りんこ) | 魏・廉頗四天王 | 山陽の戦い |
| 万極(まんごく) | 趙 | 合従軍戦 |
| 霊凰(れいおう) | 魏火龍七師 | 著雍の戦い |
| 慶舎(けいしゃ) | 趙 | 黒羊丘の戦い。趙軍の総大将だった |
| 岳嬰(がくえい) | 趙 | 朱海平原の戦い |
| 趙峩龍(ちょうがりゅう) | 趙・藺家十傑 | 朱海平原の戦い |
| 龐煖(ほうけん) | 趙三大天 | 朱海平原の戦い。信の最大の武功 |
このほか王都奪還戦のランカイや左慈など、将軍格ではない強敵も倒しています。数え方によって一覧の範囲は変わりますが、三大天の龐煖を討ったことが信の武功の頂点である点は共通しています。
史実では? 秦の将軍・李信の生涯
信のモデルは実在の人物です。秦の将軍・李信は『史記』に記録が残っており、始皇帝の中華統一戦争で戦った人物として名前が確認できます。
燕の太子丹を追い詰める
紀元前226年、李信は数千の兵を率いて燕の太子丹を追撃し、衍水まで追い込んで捕らえたと記録されています。始皇帝の暗殺未遂事件、いわゆる荊軻の刺客事件の首謀者とされた人物です。この功績で李信は若手の有望な将として評価を高めました。
楚攻めでの大敗
そして李信の名を歴史に残したのは、皮肉にも敗北のほうでした。
秦王政が楚を攻めるのに必要な兵力を諸将に尋ねたとき、李信は20万で足りると答え、老将の王翦は60万が必要だと答えました。政は王翦が衰えたと判断し、若く勇敢な李信の案を採用します。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 紀元前226年ごろ | 燕の太子丹を追撃して捕らえる |
| 紀元前226年ごろ | 楚攻めの兵力について、李信が20万、王翦が60万と答える |
| 紀元前225年ごろ | 李信と蒙恬が20万で楚へ侵攻。平輿や鄢郢で初戦は勝利する |
| 紀元前225年ごろ | 項燕率いる楚軍の反撃を受け、三日三晩の追撃で李信軍が壊滅。二つの砦を破られ、七人の都尉が討たれる |
| 紀元前224年ごろ | 王翦が李信に代わり、60万で楚へ侵攻する |
| 紀元前223年ごろ | 王翦が楚を滅ぼす |
| 紀元前222年ごろ | 李信が王賁の燕攻略に従軍し、燕が滅ぶ |
| 紀元前221年ごろ | 李信が王賁・蒙恬とともに斉を攻め、斉が滅びて中華が統一される |
楚での大敗は、秦の統一戦争における最大級の敗北として記録されています。ただし注目すべきは、李信がそれで終わっていないことです。数年後には燕攻めと斉攻めに従軍しており、最後の統一の場に立ち会っています。
李信の最期は記録されていない
李信がいつどのように死んだのかについては、現在までに見つかっている史料に記載がありません。生年も没年も不明です。子孫は残ったとされ、前漢の名将・李広の先祖にあたるという説がありますが、年代の計算には疑問も指摘されています。
漫画と史実の違い
| 項目 | 『キングダム』 | 史実 |
|---|---|---|
| 出自 | 城戸村の下僕から成り上がる | 出自についての記録はない |
| 親友 | 漂と入れ替わりの計画から物語が始まる | 漂は作品独自の人物で、対応する記録はない |
| 飛信隊 | 王騎から名を与えられた特殊部隊を率いる | 飛信隊にあたる部隊の記録はない |
| 龐煖を討つ | 朱海平原で討ち取る | 龐煖は実在するが、李信が討ったという記録はない |
| 一度死亡して蘇生 | 58巻で羌瘣の禁術により蘇生 | 該当する記録はない |
| 楚攻め | 2026年8月時点では未到達 | 20万を率いて大敗する |
| 最期 | 未描写 | 記録が残っておらず不明 |
信は今後どうなる見込みか
作品は史実の大枠を追って進んでいます。史実の李信には、これから楚攻めでの大敗という大きな出来事が控えています。主人公が中華統一戦争で最大級の敗戦を経験するという展開は、物語上も重い意味を持つはずです。
一方で、史実の李信はその敗戦のあとも将として使われ続け、斉を滅ぼす戦いにも加わっています。つまり大敗イコール退場ではありません。そして最期の記録が残っていないということは、作者が結末をどう描くかについて史実の縛りがないことも意味します。
ただし『キングダム』は史実の骨格を守りながら細部を大きく膨らませる作品です。楚攻めがどのような形で描かれるかを現時点で断定することはできません。
なぜ主人公のモデルに李信が選ばれたのか
始皇帝の統一戦争には、王翦や蒙恬など、より大きな功績を残した将が何人もいます。それでも主人公のモデルが李信である理由は、記録の少なさそのものにあると考えられます。
李信について確実にわかっているのは、若くして抜擢されたこと、大敗したこと、それでも復帰して統一の場にいたこと、そして最期が不明であることです。空白が多いぶん、下僕から大将軍へという物語を自由に置くことができます。
また、大敗の記録が残っている人物を主人公にすることは、成り上がりの物語に必ず訪れる挫折をあらかじめ用意していることでもあります。史実を知っている読者ほど、信がいま積み上げている勝利の先に何が待っているかを意識せざるを得ません。
信(李信)に関するよくある質問
信は作中で死亡しますか?
2026年8月時点で死亡していません。連載は継続中で、信は主人公として登場し続けています。
信が一度死んだというのは本当ですか?
本当です。単行本58巻で龐煖を討ち取った直後、深手を負っていた信は倒れて息を引き取ります。その後、羌瘣が蚩尤族の禁術を使って信を蘇生させました。
信を生き返らせたのは誰ですか?
羌瘣です。蚩尤族に伝わる禁術を用いており、自らの寿命を削る代償を負いました。ただし蚩尤族がもともと長命であったため、寿命は常人並みに戻る程度で収まったとされています。
信が龐煖を倒したのは何巻何話ですか?
単行本58巻、第627話とされています。鄴攻めの朱海平原の戦いでの決着です。
信が倒した武将には誰がいますか?
馮忌、輪虎、万極、霊凰、慶舎、岳嬰、趙峩龍、龐煖などです。最大の武功は趙国三大天の龐煖を討ち取ったことです。
信はいつ「李信」と名乗るようになりましたか?
鄴攻めのあと、将軍に昇進した段階です。それまでは姓を持たず「信」とだけ呼ばれていました。
史実の李信は実在しましたか?
実在します。『史記』に秦の将軍として記録が残っており、燕の太子丹の追撃、楚攻めでの大敗、斉攻めへの従軍などが確認できます。
史実の李信は楚攻めでどうなりましたか?
大敗しました。20万を率いて侵攻し初戦では勝ちましたが、項燕率いる楚軍の反撃を受け、三日三晩の追撃で軍が壊滅しています。二つの砦を破られ、七人の都尉が討たれたと記録されています。
史実の李信はその後どうなりましたか?
復帰しています。紀元前222年ごろに王賁の燕攻略に従軍し、紀元前221年ごろには王賁・蒙恬とともに斉を攻めて滅ぼしました。中華統一の場に立ち会っています。
史実の李信の死因は何ですか?
わかっていません。李信がいつどのように死んだかについて、現在までに見つかっている史料に記載がなく、没年も不明です。
まとめ
- 信は2026年8月時点の連載で生存しており、単行本は79巻まで刊行されている
- ただし58巻で龐煖を討ち取った直後に一度息を引き取っている
- 信を蘇生させたのは羌瘣で、蚩尤族に伝わる禁術が使われた
- 信が倒した主な武将は馮忌、輪虎、万極、霊凰、慶舎、岳嬰、趙峩龍、龐煖
- 史実の李信は楚攻めで大敗したが復帰し、斉を滅ぼす戦いにも参加した。最期の記録は残っていない
下僕から将軍まで駆け上がった信の前には、史実の李信が経験した最大の敗北が待っています。それでも史実の李信は戻ってきました。信がその敗北をどう受け止めるのかは、この作品がこれから描く最大の見どころのひとつです。
この記事について
執筆・編集: マンガノシラベ編集部
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