王齕(おうこつ)とは?旧六大将軍が長平の戦い前半を指揮した史実と王騎との関係【キングダム】
この記事には『キングダム』の設定に関する記述と、史実にもとづく解説が含まれます。連載の進行状況は2026年8月時点のものです。
『キングダム』の旧六大将軍は、白起・王齕(おうこつ)・王騎・摎・胡傷・司馬錯の6人です。このうち王齕は、史実で最も長く現役を続けた将軍でもあります。
この記事では、王齕が作中でどう扱われているのかを整理したうえで、史実の王齕が長平の戦いで果たした役割を確認します。実は、白起が名を残したあの戦いの前半を戦っていたのは王齕でした。
結論
- 王齕は作中に登場しません。旧六大将軍のひとりとして名前が語られるのみです。
- 史実の王齕は実在します。四代の秦王に仕えた息の長い将軍です。
- 長平の戦いの前半を指揮しました。廉頗と2年にわたって対峙しています。
- 『史記』では王齮とも記されます。王騎のモデルとされる名前と同じ表記です。
王齕のプロフィール

| 名前 | 王齕(おうこつ) |
|---|---|
| 所属 | 秦国 |
| 作中での扱い | 旧六大将軍のひとりとして名前が語られる |
| 仕えた王 | 昭襄王・孝文王・荘襄王・秦王政の四代 |
| 主な戦い | 長平の戦い、邯鄲の包囲ほか |
| 別表記 | 『史記』では王齮とも記される |
| 史実 | 実在 |
王齕の特徴は、その現役期間の長さです。昭襄王から秦王政まで四代の王に仕えており、旧六大将軍のなかでも突出した経歴を持ちます。
キングダムでの王齕
作中で王齕は、旧六大将軍のひとりとして名前が挙がるだけで、本編には登場しません。
| 旧六大将軍 | 作中の扱い |
|---|---|
| 白起 | 名前のみ。長平の戦いの逸話で語られる |
| 王齕 | 名前のみ |
| 王騎 | 本編に登場。16巻172話で死亡 |
| 摎 | 回想で登場。16巻165話で死亡 |
| 胡傷 | 名前のみ |
| 司馬錯 | 名前のみ |
六大将軍のうち作中に姿を見せるのは王騎と摎の2人だけです。他の4人は、昭王の時代を語る文脈で名前が出るにとどまります。
名前が紛らわしい問題
ここで注意が必要なのが、王騎との関係です。
作中の王騎のモデルとされるのは『史記』の王齮(おうき)です。そして王齕も、記録によっては王齮と表記されます。史実側では、この二つの名前が同一人物を指している可能性があります。
作品は王齕と王騎を別人として設定し、両方を六大将軍に入れました。史料の表記ゆれを、二人の別の将軍として再構成した形です。
史実の王齕|長平の戦いの前半
王齕の名が最もはっきり残っているのが、紀元前260年の長平の戦いです。
秦の総大将として出陣
この戦いで秦が最初に将としたのは王齕でした。対する趙は廉頗です。当代を代表する二人の将軍の対決になります。
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 4月 | 王齕と廉頗が長平で対峙する |
| 同月 | 斥候が廉頗の副将・茄を討ち、王齕が趙の陣を攻めて二つの塁と四人の将校を得る |
| 7月 | 趙が防塁を築くが、王齕がさらに二人の将校を捕らえ、西側の塁壁を奪う |
| 以後 | 廉頗が守りを厚くして籠城に転じる |
正面からぶつかっては勝てないと判断した廉頗が、守りに徹する形になりました。ここから約2年にわたる持久戦が続きます。
白起への交代
膠着を破ったのは、宰相・范雎の謀略でした。趙国内に「秦は趙括を恐れている」という偽情報を流し、趙王に廉頗を退けさせます。
趙が趙括に将を替えたのを見て、秦も将を替えました。総大将を白起とし、王齕は副将に回ります。
その後の展開はよく知られたとおりです。白起が趙軍を包囲し、40万を超える兵が失われました。
王齕の役割をどう見るか
長平の戦いは白起の名とともに語られます。しかし前半の2年を戦い、廉頗を守りに追い込んだのは王齕でした。
廉頗が籠城に転じていなければ、范雎の謀略も効きません。王齕が正面から押し続けたことが、趙括の起用という趙側のミスを引き出す条件を作っています。
華々しい決着を担当したのは白起でしたが、その舞台を整えたのは王齕だったという読み方ができます。
邯鄲の包囲
長平のあと、王齕はさらに戦い続けます。
紀元前257年ごろ、王齕は趙の都・邯鄲を包囲したと記録されています。ただしこの攻城は成功しませんでした。楚と魏の援軍が到着し、秦軍は撤退しています。
このとき魏の援軍を率いたのが信陵君です。『キングダム』でも名前が出てくる、戦国四君のひとりにあたります。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 紀元前260年 | 長平の戦い。前半を王齕が指揮 |
| 紀元前257年ごろ | 邯鄲を包囲するが、楚・魏の援軍に阻まれる |
| 紀元前246年 | 蒙驁・麃公とともに将軍に任じられる |
紀元前246年の記録は、王騎のモデルとされる王齮のものと同じです。この年、蒙驁・王齮・麃公の三人が将軍に任じられています。
長平の戦いとは何だったのか
王齕が2年を費やした長平の戦いは、戦国時代で最大の会戦です。
発端は韓の上党という土地でした。秦に攻められた韓が上党を割譲しようとしたところ、上党の太守・馮亭がこれを拒み、代わりに趙へ献上します。趙がこれを受け取ったことで、秦と趙の全面対決になりました。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 発端 | 韓の上党をめぐり、趙が秦と対立する |
| 前半 | 王齕が廉頗を押し込み、廉頗が籠城に転じる(約2年) |
| 転機 | 范雎の謀略で趙が趙括に将を替える |
| 後半 | 秦も白起に総大将を替え、王齕は副将へ |
| 決着 | 白起が趙軍を包囲し、40万を超える兵が失われる |
この敗北で趙は国力の中核を失いました。作中の趙が李牧という例外に依存しているのは、長平の損失を回復できていないためです。物語の開始は長平の15年後にあたります。
秦が将を替えたことの意味
長平で見落とされやすいのが、秦の側も将を替えているという点です。
趙が廉頗から趙括へ替えたのは謀略に乗せられた失敗として語られます。一方、秦が王齕から白起へ替えたのは主体的な判断でした。しかも秦はこの交代を秘密にし、漏らした者は斬るという命令まで出しています。
相手の交代を誘い、こちらも交代し、その事実を隠す。長平の戦いが「白起の勝利」として記憶される裏には、この情報操作があります。前半を戦った王齕が表に出ないのも、当時の秦にとってはむしろ都合がよかったことになります。
作中で李牧や王翦が見せる、盤面の外から状況を作る戦い方の原型が、この戦役にはすでにあります。
四代に仕えるということ
王齕の経歴で特筆すべきは、その長さです。
| 王 | 在位 |
|---|---|
| 昭襄王 | 紀元前306年〜前251年 |
| 孝文王 | 紀元前250年 |
| 荘襄王 | 紀元前249年〜前247年 |
| 秦王政 | 紀元前247年〜 |
昭襄王の時代から秦王政の時代まで、40年以上にわたって現役の将軍だったことになります。
『キングダム』が始まる紀元前245年ごろ、王齕はまだ生きていた可能性があります。作中では旧六大将軍が「過去の存在」として語られますが、史実側の年表を見ると、王齕の現役期間と物語の開始時期は接しています。
漫画と史実の違い
| 項目 | 『キングダム』 | 史実 |
|---|---|---|
| 王齕 | 旧六大将軍のひとり。名前のみ | 実在。四代の秦王に仕えた |
| 六大将軍 | 昭王が設けた特別な地位 | 制度としては存在しない |
| 王騎との関係 | 別人として設定される | 王齮という表記が両方に使われ、同一人物の可能性がある |
| 長平の戦い | 白起の逸話として語られる | 前半を王齕が指揮し、白起は途中から総大将になった |
| 合従軍 | 作中では汗明に敗れたという設定がある | 該当する記録は確認できない |
王齕に関するよくある質問
王齕はキングダムに登場しますか?
本編には登場しません。旧六大将軍のひとりとして名前が語られるのみです。
王齕の読み方は何ですか?
「おうこつ」と読みます。
王齕は史実に実在しましたか?
実在します。昭襄王から秦王政まで四代の王に仕えた将軍として記録が残っています。
長平の戦いで王齕は何をしたのですか?
前半の総大将です。廉頗と対峙して塁や将校を奪い、廉頗を籠城に追い込みました。趙が趙括に将を替えたあと、秦は白起を総大将とし、王齕は副将に回っています。
王齕と王騎は同じ人物ですか?
作品では別人として設定されています。ただし史実側では、王齕も王齮と表記されることがあり、王騎のモデルとされる王齮と同一人物の可能性があります。
王齕は邯鄲を落としたのですか?
落としていません。紀元前257年ごろに包囲しましたが、楚と魏の援軍によって撤退しました。
王齕はどれくらい長く戦っていたのですか?
昭襄王の時代から秦王政の時代まで、40年以上にわたって現役でした。旧六大将軍のなかでも突出した経歴です。
白起と王齕はどちらが上ですか?
長平では白起が総大将、王齕が副将という関係になりました。ただし前半の2年を指揮して廉頗を守りに追い込んだのは王齕です。
旧六大将軍は誰ですか?
白起・王齕・王騎・摎・胡傷・司馬錯の6人です。作中に登場するのは王騎と摎だけです。
六大将軍は史実にありますか?
ありません。作品独自の設定です。ただし数えられている6人はいずれも実在の人物です。
まとめ
- 王齕は『キングダム』本編に登場せず、旧六大将軍のひとりとして名前が語られる
- 史実では昭襄王から秦王政まで四代に仕えた息の長い将軍
- 長平の戦いでは前半の総大将を務め、廉頗を籠城に追い込んだ
- 趙が趙括に替えたあと、秦は白起を総大将とし王齕は副将になった
- 紀元前257年ごろに邯鄲を包囲したが、楚・魏の援軍に阻まれ撤退した
- 『史記』では王齮とも記され、王騎のモデルと同一人物の可能性がある
長平の戦いは白起の名で語られますが、その2年前から廉頗と押し合っていたのは王齕でした。決着を担当した将軍だけが記憶されるという構図は、この時代の記録の残り方をよく示しています。
この記事について
執筆・編集: マンガノシラベ編集部
公式コミックスおよび公開されている史料をもとに作成しています。内容に誤りを見つけられた場合はお問い合わせよりご連絡ください。

