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ネタバレ注意
この記事には『キングダム』の韓滅亡(第840話)に関する記述が含まれます。未読の方はご注意ください。

戦国七雄で最初に消えたのが韓です。作中では第840話で王都・新鄭が無血開城し、秦が初めて一国を完全に滅ぼしました。

その最後の王が韓王安(かんおうあん)です。戦わずに国を明け渡した王として、評価の難しい人物にあたります。この記事では、韓王安が何をした王なのかを整理します。

結論

  • 韓王安は韓最後の王です。在位は紀元前238年から紀元前230年までの9年間でした。
  • 紀元前230年、内史騰に捕らえられました。韓は七雄で最初に滅んだ国です。
  • 作中では第840話で統治権を譲渡します。王都・新鄭が無血開城しました。
  • 韓非を秦へ送ったのもこの王です。その韓非は秦で命を落とします。

韓王安とはどんな王か

読み方 かんおうあん
在位 紀元前238年から紀元前230年
立場 韓の最後の王
結末 紀元前230年、内史騰に捕らえられる
作中 第840話「譲渡」で統治権を明け渡す

韓は七雄のなかで最も小さく、最も秦に近い国でした。地理的に、秦が東へ出ようとすれば必ず通る位置にあります。

そのため韓は、戦国時代を通じて秦の圧力を最も強く受け続けました。領土は削られ続け、韓王安が即位した時点では、国としての体裁を保つのが精一杯という状態だったと考えられます。

韓非を秦へ送った王

韓王安の判断として記録に残るのが、韓非の派遣です。

韓非は韓の公子で、法家思想を大成した人物です。秦の政がその著作を読み、「この人物に会えるなら死んでもよい」という趣旨のことを述べたと『史記』は記します。

韓は秦との交渉のため、韓非を使者として送りました。国の生き残りを、思想家ひとりに託した形です。

段階 内容
派遣 韓王安が韓非を秦へ送る
政の反応 その著作を高く評価する
李斯の讒言 同門の李斯が韓非を陥れる
結末 韓非は投獄され、獄中で死ぬ

韓非は秦から戻りませんでした。作中では70巻・第766話で信との問答が描かれ、その後の展開に繋がります。

紀元前230年の滅亡

韓の最期はあっけないものでした。

紀元前230年、秦は内史騰を将として韓へ侵攻します。韓は組織的な抵抗をできず、韓王安が捕らえられました。これが戦国七雄で最初の滅亡です。

順 国 滅亡年 攻めた将
1 韓 紀元前230年 内史騰
2 趙 紀元前228年 王翦
3 魏 紀元前225年 王賁
4 楚 紀元前223年 王翦
5 燕 紀元前222年 王賁
6 斉 紀元前221年 王賁

韓が落ちてから統一までは9年です。最初の一国が消えた時点で、残りは時間の問題になっていました。

作中の第840話

作中では第840話「譲渡」で韓の滅亡が描かれました。

騰が率いる秦軍が新鄭に迫り、韓王が統治権を譲渡する形で城が開かれます。戦闘によって落ちたのではなく、無血開城でした。

騰は韓攻略で偽兵の策を用いています。力攻めをせず、戦わせずに城を落とすという方法でした。単騎で敵中を割れる武を持つ将が、最後に選んだのが戦わせないことだったという展開です。

できごと 話数
韓の滅亡。新鄭が無血開城 第840話「譲渡」
洛亜完の残存部隊が全滅 第841話「大きな歪み」

一方で、韓の将である洛亜完は最後まで抵抗しました。王が明け渡しを決めたあとも部隊を率い、討伐されています。

戦わずに国を明け渡すという判断

韓王安の判断は、評価が分かれるものです。

抵抗すれば民に犠牲が出ます。趙の邯鄲や魏の大梁のように、都が攻められれば大量の死者が出ました。戦わないという選択は、その犠牲を避ける判断でもあります。

一方で、国を守る義務を放棄したとも言えます。同じ状況で、代へ逃れて6年抵抗した趙の公子嘉のような例もありました。

国 最後の選択 結果
韓 統治権を譲渡し無血開城 王は捕らえられる
趙 邯鄲陥落後、公子嘉が代へ逃れ抵抗 6年後に滅ぶ
斉 戦わずに降伏 王建は餓死したとされる
楚 項燕が最後まで戦う 項燕は自害または戦死

斉の王建も戦わずに降伏し、その後に餓死したと伝えられます。降伏した王が厚遇された例は多くありません。

韓が最初に狙われた理由

秦が統一を始めるにあたって、なぜ韓からだったのか。理由は複数あります。

要因 内容
地理 秦の東隣。中原へ出る通り道にあたる
国力 七雄で最も小さく、単独で秦に対抗できない
領土 すでに削られ続けており、残りが少ない
同盟 合従軍が瓦解し、頼れる相手がいない

最も弱い相手から順に潰すのは、統一戦略として合理的です。韓を落とせば趙と魏の連携が切れ、次の攻撃が容易になります。

また韓の領土を得ることで、秦は中原へ兵を出す拠点を確保できます。実際、韓の滅亡から2年で趙の邯鄲が落ちました。

范雎の遠交近攻

この順番は、昭王の時代に范雎が説いた戦略に沿っています。

遠交近攻とは、遠い国と友好を結び、近い国から攻めるという方針です。遠い国を攻めても占領地を維持できませんが、隣接する国なら取った土地をそのまま組み込めます。

距離 方針 該当する国
近い 攻めて領土を取る 韓、魏、趙
遠い 友好を保ち、連合させない 斉、燕

この方針は実際に機能しました。斉は最後まで秦と戦わず、六国のうち5つが滅んでから、戦わずに降伏しています。連合させないという目的が達成された形です。

韓が最初に滅んだのは、この戦略の当然の帰結でした。詳しくは范雎の記事でまとめています。

韓という国の位置

韓は晋が三つに分かれてできた国のひとつです。趙・魏とともに「三晋」と呼ばれます。

領土は七雄で最も小さく、鉄の産地として知られました。武器の質が高いとされ、弩の生産でも評価されています。国力は小さいが技術のある国という位置づけでした。

ただし地理的に秦と接しているため、常に最前線に置かれます。合従軍にも参加しましたが、単独で秦に対抗する力はありませんでした。

三晋という枠組み

韓・趙・魏の3国は、もともとひとつの国でした。晋という大国です。

晋は春秋時代の覇者でしたが、有力な家臣団の力が強まり、最終的に韓・趙・魏の3家によって分割されます。紀元前403年、この3家が正式に諸侯として認められました。戦国時代の始まりとされる出来事です。

国 晋からの分立 秦に滅ぼされた年
韓 三晋のひとつ 紀元前230年
趙 三晋のひとつ 紀元前228年
魏 三晋のひとつ 紀元前225年

三晋は連携して秦に当たることもありましたが、互いに争うことも多くありました。3国が最初の3つとして順に滅ぼされたのは、まとまりきれなかった結果でもあります。

晋がひとつのままなら、秦の東進はもっと困難だったはずです。国が分かれたことが、結果として秦に有利に働きました。

なお作中では、韓の公主である寧(ねい)が騰に救われる場面が描かれています。国が失われる過程で、王族の一部がどう扱われたかを示す描写です。騰はこのとき背骨を痛め、以後は剣を振るえない体になりました。詳しくは騰と寧の記事にまとめています。

韓王安の読み方と韓の王たち

韓の王の名は、いずれも読みにくいものです。

表記 読み
韓王安 かんおうあん
韓非 かんぴ
成恢 せいかい

「安」が王の名にあたります。「韓王安」で「かんおうあん」と読み、韓の最後の王を指します。

韓は七雄のなかで最初に滅んだ国です。そのため王の在位も短く、記録に残る事績が限られています。

韓非という人物

韓王安を語るうえで外せないのが、韓非の存在です。

項目 内容
人物 韓非(かんぴ)
立場 韓の公子。法家の思想家
経緯 秦へ送られる
結末 秦で獄死する

韓非は、法による統治を説いた思想家です。その著作を秦王政が高く評価したことが記録に残っています。

ただし韓非自身は、秦で命を落としました。思想は取り入れられ、本人は失われるという結末です。

韓王安に関するよくある質問

韓王安とは誰ですか?

韓最後の王です。在位は紀元前238年から紀元前230年までの9年間でした。

韓はいつ滅んだのですか?

紀元前230年です。内史騰が率いる秦軍に攻められ、韓王安が捕らえられました。

韓は何番目に滅んだ国ですか?

1番目です。戦国七雄で最初に消えました。

作中で韓が滅ぶのは何話ですか?

第840話「譲渡」です。王都・新鄭が無血開城しました。

なぜ戦わずに開城したのですか?

組織的な抵抗ができる状態になかったためです。抵抗すれば民に犠牲が出るという判断でもあります。

韓非と韓王安の関係は何ですか?

韓非は韓の公子で、韓王安が秦への使者として送りました。韓非は秦から戻らず、獄中で死んでいます。

韓王安のその後はどうなりましたか?

捕らえられたのちの詳細な記録は多くありません。降伏した王が厚遇された例は少なく、斉の王建は餓死したと伝えられます。

洛亜完はどうなったのですか?

第841話「大きな歪み」で、率いた残存部隊が討伐され全滅したと報告されました。

韓はどんな国だったのですか?

七雄で最も領土が小さく、鉄の産地として知られました。武器の質が高く、弩の生産でも評価されています。

誰が韓を滅ぼしたのですか?

内史騰です。作中では騰として登場し、偽兵の策を用いて新鄭を開城させました。

まとめ

  • 韓王安は韓最後の王。在位は紀元前238年から紀元前230年
  • 紀元前230年、内史騰に捕らえられ、韓は七雄で最初に滅んだ
  • 作中では第840話「譲渡」で新鄭が無血開城する
  • 韓非を秦へ送ったのもこの王で、韓非は戻らなかった
  • 戦わない選択は民の犠牲を避ける判断でもあった
  • 韓は領土が小さいが鉄と武器の技術で知られた国だった

最初に消えた国の王として記録される人物です。抵抗しなかったことをどう見るかは、その後に滅んだ国々の結末と並べて考える必要があります。

この記事について

執筆・編集: マンガノシラベ編集部
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