【キングダム】オルドは死亡せず生存|無能と言われる理由と函谷関で戦った相手は王翦・初登場25巻268話
この記事には『キングダム』合従軍編(単行本24巻から33巻)以降の展開と、史実にもとづく解説が含まれます。連載の進行状況は2026年8月時点のものです。
『キングダム』合従軍編に登場する燕の大将軍、オルド。北の五十の山岳族を束ねる王であり、函谷関では王翦と正面から向き合った人物です。
この記事では、オルドが作中で死亡しているのか、函谷関で何が起きたのか、そしてその後どうなったのかを整理します。あわせて、彼に対応する史実の人物がいるのかどうか、燕という国が実際にどう滅んだのかもまとめました。
結論
- オルドは死亡していません。2026年8月時点で作中に死亡描写はなく、燕に健在と考えられます。
- 函谷関で戦った相手は王翦です。楊端和ではありません。楊端和は蕞へ向かう援軍として別の戦線にいました。
- オルドは創作の人物です。『史記』にも『戦国策』にも該当する武将の記録はありません。
オルドのプロフィール

| 名前 | オルド |
|---|---|
| 所属 | 燕国 |
| 階級 | 大将軍。合従軍では燕軍の総大将 |
| 肩書き | 北の五十の山岳族の王 |
| 外見の特徴 | 右頬に三日月型の模様がある大男 |
| 特技 | 山読み。山岳戦と山城攻めを得意とする |
| 主君 | 燕王喜 |
| 初登場 | 単行本25巻 第268話「一堂に会す」 |
| 史実のモデル | なし(創作の人物) |
オルドは合従軍の本陣に、魏の呉鳳明に次いで二番目に到着します。呉鳳明が中央の席に座ったのを見るや、自分もその場所へ移動して中央に座るという場面が描かれており、初登場から人物像が伝わる描き方になっています。
配下に多くの山岳民族を抱えるという設定は、秦側の楊端和と鏡合わせの関係にあります。ただし作中で二人が直接ぶつかった場面は、2026年8月時点では描かれていません。
オルドは死亡した? 現在の状況
結論として、オルドは作中で死亡していません。2026年8月時点で、彼が討たれた、あるいは死亡したと明示された描写は確認できません。
オルドの死亡説が語られることがあるのは、合従軍に参加した他国の将が次々と討たれていったためです。函谷関では韓の成恢が張唐に討たれ、秦側でも張唐が絶命しています。激戦のなかで名のある将が失われていく展開が続いたため、燕軍の総大将であるオルドも同様だったと記憶されやすいわけです。
しかし彼は撤退しており、その後も燕の将として登場しています。
函谷関でオルドが戦った相手は誰か
ここが最も誤解されやすい点です。合従軍編の函谷関において、オルドが対峙したのは王翦でした。
合従軍は趙、楚、魏、韓、燕の五国からなり、函谷関の各所に振り分けられました。持ち場の対応はおおよそ次のとおりです。
| 合従軍側 | 秦側 |
|---|---|
| 燕軍(オルド)12万 | 王翦軍 7万 |
| 楚軍 15万 | 蒙武、騰ら |
| 韓軍(成恢) | 張唐 |
| 魏軍(呉鳳明) | 函谷関上の拠点から迎撃 |
一方の楊端和は、この時点では函谷関にいません。彼女は山界の兵を率い、蕞の攻防戦に間に合う形で援軍として現れ、李牧の軍を打ち破ります。オルドと楊端和が同じ戦場に立つ構図にはなっていないため、両者の対決はまだ描かれていないことになります。
王翦との戦いはどう決着したのか
兵力では燕軍12万に対して王翦軍は7万。数のうえでオルドが有利でした。オルドの目的は王翦を破り、函谷関の裏に回ることです。
| 経過 | 内容 |
|---|---|
| 初日 | 王翦が山に築いた砦にオルド軍が阻まれ、苦戦する |
| 二日目 | 山城攻めを得意とするオルドが砦に綻びを作り始める |
| 中盤 | 合従軍本陣から主力温存の指令が出て、戦線は膠着する |
| 15日目 | オルドが王翦軍の中枢を突く。王翦軍は砦を捨てて後退する |
| 結末 | 王翦の北西への逃亡は偽装で、断崖を登ったオルド軍に矢の雨が降り注ぐ |
この伏兵によって、オルド軍は主攻の八千を失って撤退しました。数で押していた側が、罠ひとつで攻勢を止められた形です。
この失敗は函谷関全体の戦況にも影響しました。王翦軍が余力を残したまま動けるようになったことが、その後の秦側の巻き返しにつながっています。オルドが「無能」と評されることがあるのは、この場面が理由です。
ただし、対峙した相手が王翦だったという事情も無視できません。オルドは事前に山陽の戦いを分析して王翦を「興味深い」と評価しており、警戒はしていました。それでも読み負けたというのが実際のところです。
合従軍のあとオルドはどうなったのか
オルドはその後も燕の将として登場します。秦が鄴を攻めた時期、燕は北から趙へ侵攻しており、その総大将を務めたのがオルドでした。
この侵攻でオルドは霊玄城と幹渭城の二城を落とします。しかし趙側は司馬尚が出陣して防衛にあたり、同時に別働隊が燕の領内へ入って城を落としました。自国の城を取り返す必要が生じたオルドは、進軍を諦めて撤退します。司馬尚は追撃をかけず、青歌へ戻りました。
つまりオルドは、合従軍編のあとも生き残り、一国の総大将として動き続けている人物です。将としての評価は分かれますが、二つの城を落とした実績自体は作中に描かれています。
史実では? オルドに対応する人物はいない
結論から書きます。オルドは『キングダム』の創作人物です。『史記』にも『戦国策』にも、燕にオルドという名の将軍がいたという記録はありません。
名前の由来については、内モンゴルのオルドス地方から取られたのではないかという見方が読者のあいだにあります。ただしこれは公式の説明ではありません。
史実の合従軍はどう記録されているか
作中の合従軍編に対応する史実の出来事は、紀元前241年の函谷関の戦いです。ただし『史記』の記述は篇によって食い違っており、参加国も一致していません。
| 出典 | 記述の内容 |
|---|---|
| 秦始皇本紀 | 韓・魏・趙・衛・楚が共同で秦を攻め、寿陵を取った。秦が出兵すると五国の兵は退いた |
| 趙世家 | 龐煖が趙・楚・魏・燕の四国の精鋭を率い、秦の蕞を攻めたが落とせなかった |
| 春申君列伝 | 諸侯が合従して秦を討ち、函谷関に至ったが、秦軍の出撃で諸侯の兵はすべて敗走した |
燕が参加したと明記しているのは趙世家です。作中で燕軍が函谷関に加わっている描写は、この記述を踏まえたものと考えられます。またこの戦いは、戦国時代に諸侯が秦を攻めた最後の合従となりました。
史実の燕はどう滅んだのか
オルドの主君である燕王喜は実在の人物です。そして燕の最期は、記録のうえではかなり悲惨なものでした。
| 年代 | 出来事 |
|---|---|
| 紀元前241年 | 諸侯が合従して秦を攻めるが敗退する |
| 紀元前227年 | 太子丹が送った荊軻の暗殺が失敗。秦王政が王翦に燕攻撃を命じる |
| 紀元前227年 | 燕・代の連合軍が易水の西で秦軍に敗れる |
| 紀元前226年 | 都の薊が陥落。燕王喜は遼東へ逃れる |
| 紀元前226年ごろ | 燕王喜が太子丹を殺し、その首を秦に差し出して一時的に矛を収めさせる |
| 紀元前222年 | 王賁が遼東を攻略。燕王喜は捕らえられ、燕は滅亡する |
自分の息子の首を差し出して延命を図り、それでも六年後には捕らえられて国を失う。燕王喜の記録はそうしたものです。作中でオルドが仕えているのは、この王ということになります。
漫画と史実の違い
| 項目 | 『キングダム』 | 史実 |
|---|---|---|
| オルドという人物 | 燕の大将軍として活躍する | 該当する記録がない。創作の人物 |
| 燕の合従軍参加 | 12万を率いて函谷関へ | 趙世家には燕の参加が記されるが、本紀では衛が挙げられる |
| 函谷関の結末 | 各戦線で激闘の末に合従軍が退く | 秦軍の出撃で諸侯の兵が敗走したと記される |
| 燕という国の位置づけ | 山岳族を擁する軍事勢力として描かれる | 燕王喜の時代は目立った戦果に乏しい |
| 王翦との関係 | 函谷関で正面から対峙する | 王翦は実在。のちに燕攻めの総大将となる |
なぜオルドはこのように描かれたのか
史実の燕は、燕王喜の時代に軍事的な存在感を失っていました。合従の一角に名を連ねてはいても、主役になる場面はありません。そこに大将軍を置くとすれば、強く描きすぎれば史実と離れ、弱く描けば戦線が成立しないという難しさがあります。
オルドという人物設計は、その中間を取ったものと読めます。山岳族を率いる王として登場の格は保ちつつ、王翦という作中屈指の策士に読み負ける。強さの説明は十分にしたうえで、負ける理由も用意されているわけです。
また、北の山岳族の王という設定は、秦側の楊端和と明確に対をなしています。同じ立場の人物が敵味方に分かれて存在することで、山の民という勢力が特定の国に属するものではないという構図が示されます。二人がいつか正面から向き合う可能性は、設定のうえでは残されたままです。
オルドに関するよくある質問
オルドは死亡しましたか?
していません。2026年8月時点の連載で、オルドが死亡したと明示された描写は確認できません。
オルドの初登場は何巻何話ですか?
単行本25巻の第268話「一堂に会す」です。合従軍の本陣に二番目に到着する場面で登場しました。
オルドは函谷関で誰と戦いましたか?
王翦です。燕軍12万に対し王翦軍は7万でしたが、伏兵によって主攻の八千を失い撤退しました。
オルドは楊端和と戦いましたか?
2026年8月時点で直接対決は描かれていません。合従軍編で楊端和は蕞の戦線に援軍として現れており、函谷関にはいませんでした。
オルドは史実に実在しますか?
実在しません。『史記』にも『戦国策』にも該当する武将の記録がなく、『キングダム』の創作人物です。
オルドは無能なのですか?
函谷関での失敗から評価が下がりがちですが、相手が王翦だったという事情もあります。鄴攻めの時期には燕の総大将として趙の二城を落としており、実績はあります。
オルドは合従軍のあと登場しましたか?
登場しています。秦が鄴を攻めた時期、燕の総大将として趙へ侵攻し、霊玄城と幹渭城を落としました。
オルドはなぜ趙から撤退したのですか?
司馬尚が防衛に出た一方で、趙の別働隊が燕領内の城を落としたためです。自国の城を取り返す必要が生じ、進軍を断念しました。
史実の合従軍はいつのことですか?
紀元前241年の函谷関の戦いです。ただし『史記』の篇によって参加国の記述が異なっており、燕を挙げているのは趙世家です。
史実の燕はいつ滅びましたか?
紀元前222年です。王賁が遼東を攻略し、燕王喜が捕らえられました。その前年までに都の薊は陥落し、燕王喜は太子丹の首を秦に差し出しています。
まとめ
- オルドは2026年8月時点で死亡しておらず、生存している
- 初登場は25巻第268話。合従軍では燕軍12万の総大将を務めた
- 函谷関で戦った相手は王翦。楊端和との直接対決は描かれていない
- 鄴攻めの時期には燕の総大将として趙へ侵攻し、二城を落とした
- 史実にオルドという武将の記録はなく、創作の人物である
実在しない将が、実在した国の最後の抵抗を背負う。オルドという人物は、史実の空白を物語で埋めるという『キングダム』のやり方が最もはっきり出た例のひとつです。燕の滅亡が近づくとき、彼がどう描かれるのかは注目すべきところでしょう。
この記事について
執筆・編集: マンガノシラベ編集部
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