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ネタバレ注意
この記事には『キングダム』単行本16巻、30巻、58巻の展開に関する内容が含まれます。

『キングダム』の趙三大天のひとり、龐煖(ほうけん)。王騎を討ち、麃公を討ち、主人公・信の前に何度も立ちはだかった「武神」です。

この記事では、龐煖が死亡するのは何巻何話なのか、誰が討ったのかを整理します。そして龐煖は実在の人物です。ただし史実の龐煖は、作中とはかなり違う顔を持っていました。将軍でありながら道家の思想家でもあったという記録まで含めて調べました。

結論

  • 龐煖は死亡します。単行本58巻・第627話「道の行方」で、信に討たれます。
  • 舞台は鄴攻略編の朱海平原です。王騎、摎、麃公と続いた因縁が、この一騎打ちで決着します。
  • 史実の龐煖は実在しますが、武人としての側面より思想家としての記録が濃く残っています。道家の隠者・鶡冠子に学び、その言行が書物に残されています。

龐煖のプロフィール

荒れた山と岩肌のイメージ
史実の龐煖は若いころ山中で隠者に学んだと伝えられます(画像はイメージです)
名前 龐煖(ほうけん)
所属 趙国
階級 趙三大天のひとり
異名 武神
作中で討った主な人物 摎、王騎、麃公
最期 58巻・第627話で信に討たれる
史実のモデル 趙の龐煖(実在)

龐煖は「武」を極めることそのものを目的とする人物として描かれます。国のためでも主君のためでもなく、個としての強さの果てに何があるのかを追い続ける。この姿勢が、仲間とともに戦う信との対比になっています。

「趙三大天」は史実の呼び名ではない

先に整理しておくと、「趙三大天」という呼称は『キングダム』独自の設定です。秦の「六大将軍」も同様で、史実にこの区分は存在しません。

ただし、そこに数えられている人物自体は実在します。廉頗、藺相如、趙奢、李牧、龐煖、司馬尚はいずれも記録に残る人物です。実在の名前を作品独自の枠組みに配置したのが三大天という設定にあたります。

龐煖が作中で討ってきた人物

人物 巻・話数 経緯
回想として語られる 王騎が愛した女性。龐煖に討たれたことが王騎との因縁の起点になる
王騎 16巻・第172話「継承」 馬陽の戦いで、李牧の策により孤立したところを討たれる
麃公 30巻・第325話 函谷関の戦いでの一騎打ち。麃公は龐煖の腕を折っている

王騎の死と龐煖

王騎が命を落とすのは、馬陽の戦いの終盤です。馬陽の戦い自体は11巻の第110話から16巻の第173話にかけて描かれ、王騎の死は16巻・第172話「継承」にあたります。

この場面で重要なのは、龐煖が単独で王騎を上回ったわけではないという点です。李牧の策によって王騎が死地に立たされ、さらに趙将・魏加の弓矢が背に刺さって隙が生まれた。そこへ龐煖の矛が届いた、という順序で描かれています。

王騎にとって龐煖は、かつて愛した摎を討った相手でもありました。個人的な因縁と国同士の戦いが重なった場面です。

龐煖の最期は何巻何話? 誰が討ったのか

龐煖が死亡するのは単行本58巻・第627話「道の行方」です。討ったのは信です。

舞台は鄴攻略編の朱海平原。李牧の本陣が置かれた戦場で、満身創痍の信と龐煖が正面からぶつかります。

項目 内容
巻・話数 58巻・第627話「道の行方」
戦場 朱海平原(鄴攻略編)
討った人物
決着 信の矛が龐煖の身体を貫く

龐煖が敗れた理由

この一騎打ちで、信は序盤に龐煖の攻撃で圧倒されます。流れが変わるのは、飛信隊の仲間が加勢に入ってからです。

信は自分には生きている仲間がいると宣言します。ここで龐煖の側に迷いが生まれました。自分が追い求めてきた「道」は間違っていたのではないか、そもそもそんな道は存在したのか。この揺らぎが生じたところで決着がつきます。

純粋な武の高さで負けたのではなく、拠って立つ思想が崩れた末に討たれた。この描き方が、龐煖という人物の締めくくり方になっています。

史実では? 龐煖は将軍であり思想家だった

龐煖は実在の人物です。ただし史実に残る龐煖の姿は、作中の「武神」とはかなり印象が異なります。

道家の隠者・鶡冠子に学んだ

史実の龐煖は、紀元前4世紀末から紀元前3世紀半ばにかけて活動した人物とされます。将軍であると同時に、道家の思想家、縦横家、兵家として記録されています。

若いころ、楚の山奥にいた道家の隠者・鶡冠子(かつかんし)のもとで学問を修めたと伝えられます。そして『鶡冠子』という全19篇の書物のうち、7篇に龐煖と師や王侯とのやり取りが収められています。

たとえば趙の悼襄王との対話では、名医・兪跗の医術を引き合いに出しながら、有能な家臣を重く用いることの大切さを説いています。刀を振るう場面ではなく、王に言葉で説く場面として記録が残っているわけです。

史実の軍事的な功績

出来事
紀元前242年(趙の悼襄王3年) 燕を攻め、燕の将軍・劇辛を捕らえて敗死させ、燕軍2万を捕虜にした
紀元前241年(悼襄王4年) 趙・楚・魏・燕の四か国の精兵を率いて秦の蕞を攻めたが、落とせなかった
同年 その後、兵を移して斉を討ち、饒安を取った
紀元前236年以降 悼襄王の死後、幽繆王の代では用いられなくなり、以降の記録がない

劇辛との戦いには印象的な逸話があります。劇辛はかつて趙にいたころ龐煖と親しく、燕王に問われた際に「龐煖はまさしく与しやすい相手だ」と答えて趙へ攻め込みました。結果は大敗で、劇辛自身も命を落としています。相手に軽く見られたうえで完勝したという記録です。

史実の龐煖の最期は不明

作中で龐煖は信に討たれますが、史実の龐煖がどのように死んだかは記録に残っていません。紀元前236年に悼襄王が亡くなったあと、幽繆王のもとでは用いられなくなり、それきり記述が途絶えています。

なお、史実の龐煖には年齢の矛盾が指摘されています。武霊王(在位は紀元前326年から298年)に召し出されたという記述がある一方で、その後50年以上にわたって国事に関わった形跡がなく、晩年のわずか数年に活躍が集中しています。この不自然さは古くから議論されてきた点です。

著作は失われている

『漢書』芸文志には、縦横家の書2篇と兵家の書3篇が『龐煖』の名で記録されています。ただしいずれも現存しません。書物を残す立場の人物として扱われていたことがわかる記述です。

漫画と史実の違い

項目 『キングダム』 史実
人物像 武を極めることのみを追う武神 将軍であり道家思想家、縦横家、兵家
趙三大天 李牧、龐煖、司馬尚が名を連ねる 「三大天」という呼称自体が作品独自の設定
王騎を討つ 馬陽の戦いで討ち取る 王騎は作品独自の人物であり、対応する記録はない
麃公を討つ 函谷関の戦いで一騎打ちの末に討つ 麃公も作品独自の人物
蕞攻め 李牧の別働隊として咸陽を狙う 四か国の精兵を率いて蕞を攻め、落とせなかったと記録される
劇辛との戦い 作中では詳しく描かれていない 燕の劇辛を敗死させ、2万を捕虜にした最大の戦功
最期 58巻・第627話で信に討たれる 不明。悼襄王の死後、記録が途絶える

なぜ龐煖は「武神」として描かれたのか

史実の龐煖には、思想家としての記録があります。師に学び、王に説き、書物を残した人物です。作品はこの「思想を持つ人物」という部分を残したまま、その中身を武へ置き換えたと見ることができます。

作中の龐煖が繰り返し口にするのは、武を極めた先に何があるかという問いです。強さの理由を仲間や国に求めず、個の中だけで完結させようとする。これは思想としてかなり極端な立場です。

そしてその立場が崩れる形で最期を迎えます。信が「生きている仲間がいる」と言った瞬間に龐煖が揺らぐのは、龐煖が単なる暴力の権化ではなく、答えを探し続けていた人物として描かれていたからです。話のタイトルが「道の行方」であることが、そのまま龐煖という人物の主題を示しています。

アニメではまだ描かれていない

この場面は単行本58巻にあたります。

2026年8月の時点で、アニメはここまで進んでいません。第6シリーズが鄴攻略編の序盤から中盤までを描いた段階で、続きは続編で扱われることになります。

単行本 58巻
アニメ 2026年8月時点で未放送
放送済みの最新 第6シリーズ。原作46巻の第490話から朱海平原の戦いの中盤まで

続編の制作は決定していますが、放送時期は公表されていません。シリーズごとの原作範囲はアニメと原作の対応表にまとめています。

龐煖に関するよくある質問

龐煖は死亡しますか?

します。単行本58巻の第627話「道の行方」で、鄴攻略編の朱海平原において信に討たれます。

龐煖を倒したのは誰ですか?

信です。飛信隊の仲間が加勢に入り、龐煖が自らの道に迷いを抱いたところで信の矛が身体を貫きました。

龐煖が王騎を討ったのは何巻何話ですか?

16巻の第172話「継承」です。馬陽の戦い自体は11巻の第110話から16巻の第173話にかけて描かれています。

龐煖は王騎に単独で勝ったのですか?

違います。李牧の策で王騎が孤立させられ、さらに趙将・魏加の弓矢が背に刺さって隙が生まれたところに、龐煖の矛が届いたという流れです。

龐煖は実在した人物ですか?

実在します。戦国時代の趙の将軍として『史記』などに記録があります。ただし将軍としてだけでなく、道家の思想家としても記録されています。

趙三大天は史実にありますか?

ありません。「趙三大天」は『キングダム』独自の呼称です。秦の「六大将軍」も同様で、そこに数えられる人物自体は実在します。

史実の龐煖の最大の戦功は何ですか?

紀元前242年、燕を攻めて将軍・劇辛を敗死させ、燕軍2万を捕虜にしたことです。劇辛はかつて龐煖を「与しやすい相手」と侮って攻め込み、大敗しました。

史実の龐煖はどうやって死んだのですか?

記録がありません。紀元前236年に悼襄王が亡くなったあと、幽繆王の代では用いられなくなり、それ以降の記述が途絶えています。

史実の龐煖も蕞を攻めたのですか?

攻めています。紀元前241年、趙・楚・魏・燕の四か国の精兵を率いて秦の蕞を攻めましたが、落とせませんでした。作中の展開と一致する部分です。

龐煖の著作は残っていますか?

残っていません。『漢書』芸文志に縦横家の書2篇と兵家の書3篇が『龐煖』の名で記録されていますが、いずれも現存していません。

まとめ

  • 龐煖は単行本58巻・第627話「道の行方」で信に討たれて死亡する
  • 作中では摎、王騎、麃公を討ってきた。王騎の死は16巻・第172話
  • 「趙三大天」という呼称は作品独自の設定で、史実には存在しない
  • 史実の龐煖は将軍であると同時に道家の思想家で、『鶡冠子』19篇のうち7篇に登場する
  • 史実では紀元前242年に燕の劇辛を敗死させたのが最大の戦功。最期は記録されていない

武だけを追い求めた男として描かれる龐煖が、史実では師に学び王に説く思想家だった。この落差を知ってから読み返すと、最期の話が「道の行方」と題されている理由が違って見えてきます。

続きは単行本で

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この記事について

執筆・編集: マンガノシラベ編集部
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