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ネタバレ注意
この記事には『キングダム』馬陽編(単行本11巻から16巻)の結末と、史実にもとづく解説が含まれます。連載の進行状況は2026年8月時点のものです。

『キングダム』序盤で読者の心を掴んだ将軍、王騎(おうき)。「秦の怪鳥」と呼ばれ、独特の口調と圧倒的な存在感で物語を引っ張った人物です。その退場は、この作品を読んだ人なら誰もが覚えている場面でしょう。

この記事では、王騎が死亡するのが何巻何話なのか、どのような経緯だったのかを整理します。あわせて検索需要の大きい「王騎の妻」こと摎(きょう)との関係と、信に受け継がれた矛についても扱います。そして史実側では、王騎に対応する人物として挙げられる『史記』の王齮(おうき)が本当に対応するのかを検証します。

結論

  • 王騎は死亡します。馬陽の戦いで龐煖に致命傷を負い、単行本16巻・第172話「継承」で息を引き取ります。
  • 摎は正確には妻ではありません。「城を100個取ったら妻にする」という約束の段階で、摎は100個目の城となる馬陽で龐煖に討たれています。
  • 史実の王齮は実在しますが、対応の仕方は部分的です。没年は作中の馬陽の戦いと同じ紀元前244年ですが、『史記』には死因も戦いの内容も記されていません。

王騎のプロフィール

中国の古い建築と山並みのイメージ
戦国時代末期の中華をめぐる争いが物語の舞台です(画像はイメージです)
名前 王騎(おうき)
所属 秦国
立場 昭王時代の六大将軍のひとり
異名 秦の怪鳥
副官 騰(とう)
想い人 摎(きょう)。六大将軍のひとりでもあった
宿敵 趙の三大天・龐煖
武器 常人には扱えない重さの矛
史実で名が挙がる人物 『史記』の王齮(おうき)

王騎は昭王のもとで六大将軍の一角を占めた人物です。作中の序盤では第一線から退いた状態で登場しますが、趙の侵攻を受けて総大将として復帰し、信や飛信隊の運命を大きく変えることになります。

王騎の死亡は何巻何話?

王騎が死亡するのは単行本16巻・第172話「継承」です。アニメでは第38話に相当します。

その舞台となる馬陽の戦いは、単行本11巻・第110話あたりから始まり、第16巻・第173話までにわたって描かれる長い戦いです。飛信隊が誕生したのもこの戦いでした。

段階 内容
馬陽の戦い開始 11巻・第110話ごろから。趙軍の侵攻に対し王騎が総大将として出陣する
摎の回想 15巻・第163話「因縁の始まり」で、王騎と摎の過去と摎の死が描かれる
龐煖との一騎打ち 王騎が龐煖と直接対峙する
魏加の矢 中華十弓の魏加が放った矢が王騎を貫く
致命傷 その隙を突いた龐煖が王騎に致命傷を与える
死亡 16巻・第172話「継承」。矛を信に託し、軍を騰に引き継いで息を引き取る

王騎はなぜ倒されたのか

王騎の敗因は、単純な武力差ではありません。この戦い全体を組み立てていたのが趙の李牧であり、王騎は戦場に出る前から策の網の中にいました。

一騎打ちの最中に第三者の矢が飛んでくるという形は、真っ向勝負では王騎を倒せないという前提のうえに成り立っています。実際、矢を受けるまで王騎は龐煖を圧倒していました。

王騎は最後に「乱世というものは、実に面白い」という言葉を残しています。策に嵌められて死ぬという結末を前にしてなお、その言葉が出てくるところに王騎という人物の性格が凝縮されています。

王騎の妻・摎とは誰か

「王騎 妻」「王騎将軍 妻」という検索が多い理由は、摎という人物の存在です。ただし正確に言えば、摎は王騎の妻ではありません。二人の間にあったのは約束でした。

摎の出自

摎は昭王の娘です。ただし母の身分が低く、後宮での争いから摎を守るため、母は焼身自殺を装って摎を知人に託しました。こうして摎は王騎の家に匿われ、召使いとして育つことになります。

王騎が「天下の大将軍となり、城をたくさん取る」と語るのを聞いた幼い摎は、こう願いました。自分も大将軍となって城を100個取ったら、妻にしてほしい、と。

果たされなかった約束

項目 内容
約束の内容 摎が城を100個落としたら、王騎の妻になる
達成状況 99個まで落とし、王騎から「最後の一つですね」と声をかけられる
100個目の城 馬陽
結末 馬陽攻略中の夜、龐煖の襲撃を受けて討たれる
描かれた話 15巻・第163話「因縁の始まり」(王騎の回想として)

摎が命を落とした場所が馬陽であり、王騎が命を落とした戦いも馬陽です。同じ地名、同じ相手。この構図が、王騎と龐煖の因縁を単なる強者同士の対決以上のものにしています。

つまり「王騎の妻」という検索語で求められている情報は、正確には「王騎が妻にすると約束していた相手」であり、婚姻は成立していません。この一点は押さえておく価値があります。

王騎の矛はどうなったのか

死の間際、王騎は自分の矛を信に託しました。これが第172話の題である「継承」の中身です。

この矛は極端に重い武器として描かれています。体格の大きな者でも重そうに扱う代物で、受け取った信の手が沈むほどでした。当時の信の体格ではまともに振ることができません。

場面 巻・話 内容
矛を託される 16巻・第172話「継承」 王騎が信に矛を渡す。信は重さに耐えられない
軍の継承 16巻・第172話ごろ 王騎軍の指揮は副官の騰が引き継ぐ
実戦で使い始める 46巻・第499話「手にする想い」 鄴攻めの局面で、信が王騎の矛を手にして戦う

託されてから実際に振るうまでに、単行本にして30巻分の時間が空いています。信が矛の重さに追いつくまでの歳月が、そのまま成長の物差しになっているわけです。

史実では? 王騎に対応する人物・王齮を検証する

ここからが本題です。王騎に対応する実在の人物として名前が挙がるのは、『史記』に登場する王齮(おうき)です。ただし「モデルである」と言い切れるかというと、話はそう単純ではありません。

『史記』に残された王齮の記述

記述 内容
将軍としての記載 『史記』秦始皇本紀に、政が即位した当時の将軍として蒙驁・王齮・麃公の名が並んで記される
没年 始皇3年(紀元前244年)。「三年、蒙驁韓を攻め、十三城を取る。王齮死す」と記される
死因 記載なし
戦績 王齮個人の目立った戦功の記述はほとんどない

驚くほど記述が少ないのです。「王齮死す」という三文字が並ぶだけで、どこでどう死んだのかは書かれていません。「秦の怪鳥」と恐れられるような描写は、史料上には存在しないということになります。

王齕との同一人物説

もう一つ押さえておきたいのが、王齕(おうこつ)という将軍との関係です。『史記集解』は徐広の説を引いて、「齮」の字について「一に齕に作る」と述べています。つまり遅くとも南朝宋の時代には、王齮と王齕が同じ人物ではないかという議論があったことになります。

王齕のほうは記録がはっきりしています。紀元前260年の長平の戦いで、白起の副将として参加し、趙を大破したと記されています。

人物 史料上の位置づけ
王齮 荘襄王から始皇初期の将軍。紀元前244年に死去。戦功の記述は乏しい
王齕 長平の戦いで白起の副将を務め、趙を大破。上党攻略や魏への攻撃にも参加
両者の関係 字形と字義が近く、表記の揺れとして同一人物とする説がある

作中の王騎は、長平の戦いを白起とともに戦った将軍として描かれています。この点は王齕の記録に対応します。一方、紀元前244年に没するという点は王齮の記録に対応します。つまり作中の王騎は、王齮と王齕という二つの記録を合わせた造形だと考えるのが自然です。

馬陽の戦いは史実にあるのか

ありません。馬陽の戦いという戦闘そのものは『史記』に記録がなく、作品のオリジナルです。ただし年の設定は史実と噛み合っています。作中で王騎が死ぬのは秦王政3年、すなわち紀元前244年であり、これは『史記』が王齮の死を記した年とまったく同じです。

史実には「その年に死んだ」という一行しかない。その空白に、龐煖との因縁と摎の死と矛の継承を詰め込んだのが馬陽編だ、という言い方ができます。

史実にも「摎」という将軍がいる

ここも見逃せない点です。実は『史記』にも摎という秦の将軍が登場します。ただし作中の摎とは、かなり性格が異なります。

史実の摎の事績
昭襄王51年(紀元前256年) 韓を攻めて陽城と負黍を取り、首級4万を挙げる
同年 趙を攻めて20県あまりを奪い、斬首と捕虜が9万に達する
同年 秦に背いた西周を攻める。西周の文公は降伏し、36城と3万の民を献上する
結果 これにより西周が滅び、周王朝が終わる

史実の摎は、700年以上続いた周王朝に終止符を打った将軍です。作中の摎が昭王の娘であり女性であるという設定は創作ですが、名前と「昭王の時代に城を次々と落とした将軍」という骨格は、史料の記述から取られていると見るのが妥当でしょう。

漫画と史実の違い

項目 『キングダム』 史実
死亡した年 秦王政3年(紀元前244年)の馬陽の戦い 始皇3年(紀元前244年)に王齮が死去。年は一致する
死因 龐煖の一撃。背後に李牧の策と魏加の矢 『史記』に記載なし
馬陽の戦い 物語の重要な転換点として長期にわたり描かれる 該当する戦いの記録はない
長平の戦い 王騎と白起の功績として語られる 白起の副将は王齕。王齮と同一人物とする説がある
昭王の娘で女性。六大将軍のひとり。王騎の想い人 秦の将軍として実在。西周を滅ぼした。性別や出自の記述は作中と異なる
王騎の矛 信に継承される象徴的な武器 該当する記録はない

なぜ王騎はこのように描かれたのか

史料上の王齮は、ほとんど何も書かれていない人物です。将軍として名が並び、ある年に死んだと記されるだけ。手柄らしい手柄も残していません。

だからこそ自由に描ける、という側面があります。史実の側に厚い記述がある人物は、その通りに動かさなければ整合が取れなくなります。記述の薄い王齮は、物語が必要とする役割をまるごと引き受けることができました。

その役割とは、主人公に「大将軍とは何か」を実物として見せることです。王騎は信に矛を渡して退場しますが、渡されたのは武器だけではありません。天下の大将軍という言葉に中身があることを、信は王騎の背中で知りました。

摎との約束が果たされなかったことも、この役割と噛み合っています。王騎自身が果たせなかったものを抱えたまま死ぬからこそ、継承という言葉が重くなります。史料の空白に置かれた人物が、作品でもっとも記憶される将軍になったのは偶然ではありません。

王騎に関するよくある質問

王騎が死亡するのは何巻何話ですか?

単行本16巻・第172話「継承」です。アニメでは第38話に相当します。

王騎を倒したのは誰ですか?

趙の三大天・龐煖です。ただし一騎打ちの最中に中華十弓の魏加が放った矢が王騎を貫き、その隙を突かれる形での致命傷でした。戦い全体を組み立てていたのは李牧です。

王騎の妻は誰ですか?

正式な妻はいません。摎(きょう)という人物が「城を100個取ったら妻にする」と約束した相手ですが、摎は100個目の城となる馬陽で龐煖に討たれ、約束は果たされませんでした。

摎の正体は何ですか?

昭王の娘です。母の身分が低かったため、後宮の争いから守る目的で王騎の家に預けられ、召使いとして育ちました。のちに六大将軍のひとりになります。

摎が死亡するのは何巻何話ですか?

15巻・第163話「因縁の始まり」で、王騎の回想として描かれます。馬陽攻略中の夜に龐煖の襲撃を受けました。

王騎の矛は誰が受け継ぎましたか?

信です。第172話「継承」で託されました。ただし当時の信には重すぎて振ることができず、実戦で使い始めるのは46巻・第499話「手にする想い」の鄴攻めの局面です。

王騎軍はどうなりましたか?

副官だった騰が引き継ぎました。騰はその後も秦の将軍として活躍を続けます。

史実に王騎は実在しましたか?

王騎という名前そのものの人物は確認できません。対応する人物として『史記』の王齮が挙げられます。ただし記述は極端に少なく、始皇3年(紀元前244年)に死去したことが記されるのみです。

王齮と王齕は同じ人物ですか?

同一人物とする説があります。『史記集解』が徐広の説を引いて「齮」は「一に齕に作る」と述べており、字形も字義も近いことから表記の揺れと見る立場です。断定はされていません。

馬陽の戦いは史実にありますか?

ありません。作品のオリジナルです。ただし王騎が死ぬ紀元前244年という年は、『史記』が王齮の死を記した年と一致しています。

まとめ

  • 王騎は16巻・第172話「継承」で死亡する。龐煖の一撃だが、背後には李牧の策と魏加の矢があった
  • 摎は正式な妻ではなく、「城を100個取ったら妻にする」という約束の相手。100個目の馬陽で龐煖に討たれた
  • 王騎の矛は信に託され、46巻・第499話で実戦投入される
  • 史実で対応するのは『史記』の王齮。没年は紀元前244年で作中と一致するが、死因も戦いも記録がない
  • 摎という名の将軍も実在し、紀元前256年に西周を滅ぼしている

史料に残る王齮の記述は「死す」の二文字だけです。その空白に因縁と継承を書き込んだのが馬陽編でした。史実を知ってから読み返すと、王騎という人物が背負わされた役割の大きさが違って見えてきます。

続きは単行本で

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この記事について

執筆・編集: マンガノシラベ編集部
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