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ネタバレ注意
この記事には『キングダム』本編の展開(単行本34巻ごろまで)の内容が含まれます。

『キングダム』を読んでいて「蚩尤(しゆう)」という耳慣れない言葉に引っかかった人は多いはずです。飛信隊の羌瘣が背負っているもので、一族の名でもあり、たった一人に与えられる称号でもある。作中の説明だけでは掴みにくい概念です。

そしてこの蚩尤という名前、原泰久氏が考えた造語ではありません。古代中国の神話に実在する戦神の名前です。黄帝と戦って敗れ、それでも後の時代まで軍神として祀られ続けた存在。この記事では作中の蚩尤族を整理したうえで、神話の蚩尤がどんな存在だったのかを詳しく追います。

結論

  • 作中の蚩尤には二つの意味があります。ひとつは羌瘣が属する暗殺者一族の総称、もうひとつは「祭」という殺し合いを勝ち抜いた一人だけが継ぐ称号です。
  • 羌瘣は蚩尤ではありません。羌瘣が13歳のときの祭では幽連が勝ち残り、蚩尤の座を継ぎました。羌瘣はその幽連への仇討ちを果たしています(単行本33巻から34巻)。
  • 神話の蚩尤は実在の伝承です。九黎族を率いて黄帝と涿鹿の野で戦い、敗れて殺されたとされます。ただし敗者でありながら『史記』では兵主神として記録され、秦の時代にも祀られていました。

蚩尤とは何か

夕暮れの中国の長城のイメージ
蚩尤は中国の伝承にさかのぼる古い名前です(画像はイメージです)
読み方 しゆう
作中での意味1 1000年以上にわたり中華の裏で暗躍してきた暗殺者一族の総称
作中での意味2 その一族の中で、代替わりの儀式「祭」を勝ち抜いた一人が継ぐ称号
構成 19の氏族。羌瘣は羌族に属する
特徴 呼吸法を極めた独特の体術。舞いながら剣を振るう「巫舞」を体得している
作中の蚩尤 幽族の幽連が、羌瘣13歳のときの祭で蚩尤の座を継いだ
神話の蚩尤 九黎族を率いた戦神。黄帝と涿鹿の野で戦い敗れたとされる

読者が混乱しやすいのは、この言葉が一族全体を指す場面と、たった一人を指す場面の両方があるからです。「蚩尤の一族」と言えば前者、「蚩尤の座」「蚩尤になる」と言えば後者を指します。

作中の蚩尤族はどんな一族か

蚩尤族は、表の歴史には一切名前の出てこない暗殺者の集団として描かれます。世に知られないまま、1000年以上も中華の政争の裏側で動いてきたとされる存在です。

構成するのは19の氏族。羌瘣が属する羌族もそのひとつで、ほかに幽連が属した幽族などがあります。彼女たちは呼吸法を極めることで常人にはない体の使い方を身につけ、寿命も長いとされます。

巫舞(みぶ)

蚩尤族の技術の中核が巫舞です。特殊なステップを踏みながら剣を振るう技で、呼吸を深めることで通常ではありえない速度と精度に到達します。ただし深く入りすぎれば自分の命を削ることになる、代償を伴う技でもあります。

羌瘣が戦場で見せる異質な戦い方は、軍の剣術ではなく、この暗殺者の技術に由来しています。

祭(さい)とは何か

蚩尤の座は世襲ではありません。代替わりのたびに「祭」という儀式が開かれ、そこで決まります。

項目 内容
目的 次の蚩尤を一人だけ決める
参加者 19の氏族から選ばれた候補者たち
ルール 最後の一人になるまで殺し合う
立会人 年齢不詳の長老たち
結果 勝ち残った一人が蚩尤の名を継ぐ

候補者は幼いころから共に育てられます。つまり顔も名前も知っている相手と、最後は殺し合うことになる。この残酷さが、羌瘣というキャラクターの背景を決定づけています。

羌瘣・羌象・幽連

羌瘣は羌象を「象姉」と呼び、実の姉のように慕っていました。二人は次代の蚩尤候補として一緒に育てられており、いずれ祭で殺し合う運命にありました。

祭の前夜、羌象は羌瘣を香で眠らせ、一人で祭へ向かいます。羌瘣を参加させないためでした。目覚めたとき羌象はすでに亡く、蚩尤の座は幽族の幽連が継いでいました。

さらに羌瘣は、羌象を倒すために他の候補者たちが手を組んでいたことを知ります。掟に反する行為でした。この事実が羌瘣を復讐へ向かわせ、彼女は人里へ出ます。信たちと出会うのはその途上でのことです。

仇討ちの決着がつくのは単行本33巻から34巻にかけてです。羌瘣は最深部まで踏み込んだ巫舞で幽連に挑み、愛刀・緑穂で討ち取りました。ただし羌瘣自身が蚩尤の座を継いだわけではありません。羌瘣のその後や生死については別記事でまとめています。

史実では? 蚩尤は中国神話の戦神

ここからが本題です。蚩尤は原泰久氏の創作した名前ではなく、中国神話に古くから伝わる実在の伝承です。しかも、ただの脇役ではありません。

蚩尤の出自と姿

『路史』では、蚩尤の姓は姜であり、炎帝神農氏の子孫であるとされます。兄弟は81人いたとする記述(『魚龍河図』)と、72人とする記述(『述異記』)があり、伝承によって異なります。

姿の描写はいずれも人間離れしています。獣の身体に銅の頭と鉄の額を持つ、というのが代表的な形です。別の伝承では四つの目と六本の腕を持ち、人の身体に牛の頭と鳥の蹄を備え、頭に角があるとも語られます。

兵器を発明した存在

蚩尤が戦神とされる大きな理由が、金属製の武器の発明者とされている点です。『世本』では、蚩尤が作った五種の兵器として戈・矛・戟・酋矛・夷矛が挙げられています。

武器を生み出した者が戦の神になる。この結びつきは、後の時代に蚩尤が軍神として祀られる根拠にもなりました。

涿鹿の戦い

蚩尤の名を決定づけたのが、黄帝との最終決戦である涿鹿の戦いです。神話上の出来事であり、実際の年代を特定することはできませんが、伝承は驚くほど具体的です。

局面 内容
開戦 諸侯の中でもひときわ強大だった蚩尤に対し、黄帝が味方の諸侯を率いて涿鹿の野で戦う
戦いの規模 55度の戦いを経たとする記述と、52度とする記述がある
蚩尤の戦法 三日間にわたり百里に及ぶ大霧を起こし、黄帝軍の視界を奪う。風伯・雨師を招いて大風を起こしたとも伝わる
黄帝の対抗策 風后が指南車を発明し、霧の中でも方角を見失わないようにした
加勢 応竜が水を蓄えて攻撃し、女神・魃が天から降りて雨を止めたとされる
結末 蚩尤は殺され、その地は「絶轡之野」と名付けられた。遺体は首と胴を分けて葬られたと伝わる

方角を指し示す指南車が霧に勝つ、という展開は、技術が呪術を破ったという読み方もできます。中国の歴史が神話から人の時代へ移る転換点として語られることの多い戦いです。

敗れてなお祀られ続けた

ここが蚩尤という存在のもっとも興味深い点です。敗者であるにもかかわらず、蚩尤は消えませんでした。

『史記』封禅書には、斉の地で祀られていた八神が記されており、その一つである兵主神が蚩尤にあたるとされます。蚩尤の墓は斉の西の境、東平陸の監郷にあると伝えられていました。秦の始皇帝もこの八神への祭祀を行っています。

さらに漢の高祖・劉邦は、挙兵にあたって蚩尤を祀り、軍旗を血で赤く染めたと伝えられます。天下を取ろうとする者が、黄帝ではなく黄帝に敗れた側の神に祈った。それだけ蚩尤は「戦そのものの神」として認識されていたということです。

時代 蚩尤の扱い
神話の時代 九黎族を率い、黄帝と涿鹿の野で戦って敗れる
戦国から秦 斉の八神の一つ「兵主」として祀られる。始皇帝も祭祀を行う
漢の建国期 劉邦が挙兵にあたって蚩尤を祀り、軍旗を血で赤く染めたと伝わる
現代 中国南部で苗族の始祖とする認識が広がり、2001年に「苗族始祖蚩尤像」が建造された

苗族の始祖としての蚩尤

現在の中国南部では、蚩尤を苗族の始祖とする見方が広まっています。2001年には「苗族始祖蚩尤像」が建造されました。黄帝の側から見れば討たれた敵ですが、別の立場から見れば祖先にあたる。同じ人物が、視点によってまったく違う意味を持つ例です。

漫画と神話の違い

項目 『キングダム』 神話・史料
蚩尤とは 暗殺者一族の総称であり、最強の一人に与えられる称号 九黎族を率いた個人の名。戦神として語られる
構成 19の氏族からなる集団。構成員は女性 81人(または72人)の兄弟がいたと伝わる
継承 「祭」で殺し合い、勝者が名を継ぐ 継承という概念は語られない
戦い方 巫舞という呼吸法と舞による剣技 霧を起こし、風伯・雨師を従えたとされる
結末 作中の蚩尤・幽連は羌瘣に討たれる 黄帝に敗れて殺される
その後 座は空いたまま描かれる 兵主神として秦や漢の時代にも祀られた

なぜ蚩尤という名前が選ばれたのか

作中の蚩尤族と神話の蚩尤は、設定としてはほとんど重なりません。集団か個人かという時点で違います。それでもこの名前が選ばれた理由は、蚩尤という語が持つ意味の層にあると考えられます。

第一に、蚩尤は表の歴史の勝者ではありません。黄帝に敗れ、正史の主役にはならなかった側の存在です。歴史の裏で動き続けた一族という設定と、この立ち位置はよく噛み合います。

第二に、それでも蚩尤は消されませんでした。敗れた後も兵主神として祀られ、始皇帝の時代にも信仰が生きていました。『キングダム』の舞台はまさにその時代です。作中の人物たちが「蚩尤」という名を口にするとき、その世界にはすでに戦神・蚩尤への信仰が存在していたことになります。

敗れた者の名を、闇に生きる者たちが名乗る。神話を知ったうえで読み返すと、この名づけの意味が変わって見えてきます。

蚩尤に関するよくある質問

キングダムの蚩尤とは何ですか?

二つの意味があります。ひとつは羌瘣が属する暗殺者一族の総称、もうひとつは「祭」を勝ち抜いた一人だけが継ぐ称号です。

蚩尤は史実に存在しますか?

中国神話に伝わる存在として実在します。九黎族を率い、黄帝と涿鹿の野で戦って敗れたとされる戦神です。実在の人物として年代を確定できるものではありません。

神話の蚩尤はどんな姿をしていましたか?

獣の身体に銅の頭と鉄の額を持つとされます。別の伝承では四つの目と六本の腕を持ち、牛の頭と鳥の蹄を備え、頭に角があるとも語られます。

蚩尤は誰に倒されましたか?

黄帝です。涿鹿の野での戦いに敗れて殺され、その地は「絶轡之野」と名付けられたと伝わります。

涿鹿の戦いではどんなことが起きましたか?

蚩尤が三日間にわたり百里に及ぶ大霧を起こして黄帝軍の視界を奪い、黄帝側は風后の作った指南車で方角を保ちました。応竜や女神・魃の加勢も伝えられています。

羌瘣は蚩尤なのですか?

違います。羌瘣が13歳のときの祭では幽連が勝ち残り、蚩尤の座を継ぎました。羌瘣は候補のまま参加できず、後に幽連へ仇討ちを果たしています。

羌瘣が幽連を討ったのは何巻ですか?

単行本33巻から34巻にかけてです。深く入り込んだ巫舞を用い、愛刀の緑穂で幽連を討ち取りました。

祭(さい)とはどんな儀式ですか?

次の蚩尤を決めるための儀式です。19の氏族から選ばれた候補者が、最後の一人になるまで殺し合います。長老たちが立会人となります。

蚩尤は敗れたのになぜ祀られたのですか?

金属製の武器を発明した存在とされ、戦そのものの神と考えられたためです。『史記』封禅書では八神の一つ・兵主神にあたるとされ、始皇帝も祭祀を行っています。

現代でも蚩尤は信仰されていますか?

中国南部では蚩尤を苗族の始祖とする認識が広がっており、2001年に「苗族始祖蚩尤像」が建造されました。

まとめ

  • 作中の蚩尤は、暗殺者一族の総称であり、同時に最強の一人が継ぐ称号
  • 蚩尤族は19の氏族からなり、巫舞という独自の剣技を持つ
  • 羌瘣は蚩尤ではなく、蚩尤となった幽連への仇討ちを33巻から34巻で果たした
  • 神話の蚩尤は九黎族を率いた戦神で、涿鹿の野で黄帝に敗れて殺された
  • 敗者でありながら兵主神として祀られ、始皇帝も劉邦もその信仰に連なっている

敗れた神の名を、歴史に名を残さない一族が受け継ぐ。神話の蚩尤を知ってから羌瘣の物語を読み返すと、この名前が背負っているものの重さが違って見えてきます。

続きは単行本で

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この記事について

執筆・編集: マンガノシラベ編集部
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