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ネタバレ注意
この記事には『鬼滅の刃』無限城編、単行本17巻から19巻にかけての展開が含まれます。

『鬼滅の刃』無限城編で、胡蝶しのぶが上弦の弐・童磨に取り込まれる直前、栗花落カナヲに向けて指で何かの合図を送る場面があります。声を出せない状況で残されたこの合図は、いったい何を伝えていたのでしょうか。

この記事では、しのぶの指文字が何を意味していたのか、その根拠は作中のどこにあるのかを整理します。あわせて、現実の「指文字」がいつ日本で成立したものなのか、大正時代にそれが存在し得たのかまで調べました。結論から言えば、しのぶの合図は現実の指文字とは別のものです。

結論

  • しのぶの指文字は「吸うな」という警告だと読み取れます。童磨の血鬼術「粉凍り」を吸い込むなという意味です。
  • ただし作中に断定の説明はありません。童磨のセリフとカナヲの独白から間接的に分かる形で描かれています。
  • 合図が送られるのは単行本17巻・第143話です。しのぶが童磨に取り込まれる場面にあたります。
  • 現実の指文字とは別のものです。全国に広まった日本の指文字は昭和6年(1931年)に制定されたもので、大正時代が舞台の作中には存在しません。

しのぶが指文字を送った場面

連なる鳥居の参道のイメージ
『鬼滅の刃』の舞台は大正時代の日本です(画像はイメージです)
場面 無限城での上弦の弐・童磨戦
収録 単行本17巻・第143話
送った人 蟲柱・胡蝶しのぶ
受け取った人 栗花落カナヲ
状況 しのぶが童磨に取り込まれる直前
意味 童磨の粉凍りを「吸うな」という警告

この場面の前提を押さえておくと、なぜ指を使ったのかがはっきりします。

しのぶは童磨に捕らえられ、取り込まれつつある状態でした。そこへカナヲが駆けつけます。しかしカナヲが現れたのは、しのぶから見て背後にあたる方向でした。振り返ることも、口で伝えることもできない。その状態で伝達手段として残っていたのが、指の動きだったわけです。

そして伝えるべきことは、ひとつに絞られていました。童磨の血鬼術は冷気を扱うもので、扇から撒かれる「粉凍り」を吸い込むと、肺が内側から侵されます。初めて童磨と対峙するカナヲが真っ先に踏むであろう地雷が、そこにありました。

指文字の意味は「吸うな」|その根拠

この合図の意味について、作中でナレーションや解説として明示された箇所はありません。「吸うな」という読み取りは、二人の登場人物のセリフから逆算して成り立っています。

根拠 内容
童磨のセリフ しのぶが出した指文字が「吸うな」だったとしても、という趣旨の推測を口にする
カナヲの独白 これを吸うと戦えなくなる、死の間際に忠告してもらったのに、という趣旨の内心が描かれる
カナヲの行動 初対戦にもかかわらず、最初から粉凍りを吸わない立ち回りをしている

この3つがそろっているため、意味の解釈としてはほぼ動かないと言ってよい水準です。とくにカナヲの独白は、しのぶの合図を受け取ったうえで戦っていることを本人の言葉で示しています。

ただし表現としては、あくまで敵の推測と味方の内心という間接的な形で置かれています。「この指文字はこういう意味です」と作品が説明する箇所はありません。ここを混同して「公式設定で吸うなと明言されている」と書いてしまうと、正確さを落とすことになります。

この意味が判明するのは18巻から19巻

合図そのものが描かれるのは17巻の第143話ですが、その意味が読者に伝わるのは同じ場面ではありません。カナヲと伊之助が童磨と戦う18巻から19巻にかけての流れのなかで、上記のセリフが出てきます。

つまり読者は、いったん意味の分からない合図を見せられ、数巻ぶんの戦いを経てから答えを受け取る構成になっています。「しのぶの指文字の意味は?」という検索が今も続いているのは、この間隔の長さも一因でしょう。

指の形については説明されていない

読者の間では「指を3本立てているように見える」といった指摘もありますが、指の形が何を表しているのかについて、作中でも公式の資料でも説明は確認できませんでした。

後述するとおり、この形は現実に存在する指文字の体系とも対応していません。特定の文字を綴ったものではなく、鬼殺隊の隊士どうしで通じる合図として描かれたと考えるのが自然です。作中には、隊士が声を出せない状況で意思疎通を図る訓練を受けていたと明記された箇所も見当たらないため、ここも断定は避けるべきところです。

なぜしのぶは「吸うな」だけを伝えたのか

残せる情報がひとつしかないなら、何を選ぶか。しのぶが選んだのは、自分の作戦の説明ではなく、カナヲが即死しないための一点でした。

しのぶは自分の体に人間の限界に近い量の藤の花の毒を蓄えており、童磨に取り込まれること自体が仕込みでした。しかしその作戦をカナヲに伝えたところで、カナヲにできることは増えません。むしろ、粉凍りを知らずに吸い込めば、その時点で戦線から脱落します。

指1回分の情報量で、後を託す相手の生存率を最大化する。医療と薬学の知識で戦ってきた人物らしい判断だと言えます。実際、この合図があったからこそカナヲは最初から粉凍りを避けて立ち回ることができ、伊之助とともに童磨の頸を落とすところまで到達しました。

なお、しのぶ自身の最期と作戦の全体像については、胡蝶しのぶの死亡は何巻何話?で詳しく整理しています。

実在では? 日本の指文字は昭和6年に成立した

ここからが本題です。現実の「指文字」とは何なのか。そして大正時代の日本に、しのぶが使えるような指文字は存在したのでしょうか。

指文字と手話は別のもの

まず用語の整理です。指文字は、手の形を書記言語の文字に対応させた視覚言語の要素を指します。手話は語彙数に限りがあるため、手話単語にない言葉は指文字を使って一字ずつ綴ります。手話そのものとは役割が違います。

現在の日本の指文字は1931年に制定された

出来事
1875年(明治8年) 古河太四郎が、教授用の手の表現法「手勢法」を考案する
1878年(明治11年) 京都に日本最初の盲唖院が開学。初代院長は古河太四郎
大正時代(1912〜1926年) 古河式・渡辺式・高木式など、複数の方式が併存していた
1931年(昭和6年) 大阪市立聾唖学校が現在の指文字を正式に採用。全国へ普及していく

現在の日本の指文字は、大阪市立聾唖学校の教員だった大曽根源助が原案を作ったものです。大曽根は渡米した際にヘレン・ケラーと出会い、アメリカ式の片手による指文字を知りました。帰国後、それまで日本で使われていた古河式・渡辺式・高木式などを参照して原案をまとめ、校長の高橋潔をはじめとする教員たちが研究を重ねて完成させています。

これが正式に採用されたのが昭和6年(1931年)です。そこから全国に広まりました。

大正時代に「全国共通の指文字」はなかった

『鬼滅の刃』の舞台は大正時代、つまり1912年から1926年までです。大曽根式が制定される1931年より前にあたります。

もちろん、指文字にあたる工夫が皆無だったわけではありません。1875年の時点で古河太四郎が「手勢法」を考案しており、日本初の盲唖院も1878年に開学しています。大正時代には古河式・渡辺式・高木式といった複数の方式が併存していました。

ただし、それらは各校・各系統ごとの方式であり、全国の誰もが共有する体系ではありませんでした。鬼殺隊の隊士が学校教育の外で身につけて、初対面に近い相手とも通じるような共通コードとして機能する状態にはなかったと考えられます。

実際、しのぶが出した合図は、現実のどの指文字の体系にも対応していないと指摘されています。作中の合図は日本語の文字を綴ったものではなく、作品独自の表現と見るのが正確です。

漫画と史実の違い

項目 『鬼滅の刃』 史実
指文字の体系 しのぶが出した合図の形は特定されていない 現在の日本の指文字は1931年に制定。作品の時代より後
使われ方 戦闘中に声を出せない状況で意思を伝える 手話の補助として、文字を一字ずつ綴るために使う
普及状況 カナヲが即座に意味を理解する 大正期は方式が併存し、全国共通の体系はまだなかった
成立の経緯 作中に説明はない 大曽根源助がヘレン・ケラーとの出会いを機に原案を作成
教育の場 鬼殺隊の訓練内容として明記はない 1878年に京都で日本初の盲唖院が開学している

作品を否定する話ではありません。むしろ、しのぶとカナヲが姉妹同然に長い時間を過ごしてきたことを前提にすれば、二人のあいだだけで通じる合図があったと読むほうが自然です。全国共通の体系ではなく、蝶屋敷で育った二人の私的な符丁だったと考えれば、時代設定とも矛盾しません。

なぜこの場面は言葉ではなく指で描かれたのか

しのぶはよく喋る人物として描かれてきました。柱のなかでも言葉数が多く、穏やかな口調の裏に刺を含ませる話し方が特徴です。その人物の最後の伝達が、声ではなく指1つになる。

この落差が、場面の重さを作っています。もし言葉で伝えられたなら、しのぶはきっと余計なことまで喋ったはずです。姉のこと、作戦のこと、カナヲへの願い。それらを全部削ぎ落として、生き延びるために必要な一点だけが残った。

そして受け取ったカナヲは、この時点で意味を確認する余裕もありません。それでも合図どおりに動き、戦い抜きました。カナヲが自分の意思で選択できるようになる過程は物語の主題のひとつですが、その最終段階の入口に、しのぶが残した指1つが置かれています。

意味が数巻あとにならないと分からない構成も含めて、この場面は「伝わったかどうかは後で分かる」という形になっています。伝える側は結果を見られない。それでも伝える。しのぶの最期がそういう形で描かれたことに、この合図の意味があります。

胡蝶しのぶの指文字に関するよくある質問

しのぶの指文字の意味は何ですか?

童磨の血鬼術「粉凍り」を「吸うな」という警告だと読み取れます。吸い込むと肺が侵されて戦えなくなるため、初めて童磨と対峙するカナヲへの警告として送られました。

指文字の意味は公式に明言されていますか?

断定の説明はありません。童磨が「吸うなだったとしても」という趣旨の推測を口にし、カナヲが「これを吸うと戦えなくなる」という趣旨の独白をすることで、間接的に分かる形になっています。

しのぶが指文字を送るのは何巻何話ですか?

単行本17巻の第143話です。無限城で童磨に取り込まれる直前の場面にあたります。意味が分かるセリフが出てくるのは、18巻から19巻にかけての童磨戦のなかです。

なぜしのぶは声で伝えなかったのですか?

カナヲが現れたのがしのぶから見て背後の方向だったためです。童磨に捕らえられた状態で振り返ることも口で伝えることもできず、指の動きだけが残された手段でした。

指を何本立てていたのですか?

読者の間では3本に見えるという指摘がありますが、指の形が何を表しているのかについて、作中でも公式資料でも説明は確認できませんでした。

しのぶの指文字は実在する指文字ですか?

違います。現実の日本の指文字は昭和6年(1931年)に大阪市立聾唖学校が正式採用したもので、大正時代が舞台の作中には存在しません。しのぶの合図は現実のどの体系とも対応していないと指摘されています。

指文字と手話はどう違うのですか?

指文字は手の形を文字に対応させたもので、手話単語にない言葉を一字ずつ綴るために使われます。手話そのものではなく、手話を補う要素という位置づけです。

日本の指文字は誰が作ったのですか?

大阪市立聾唖学校の教員だった大曽根源助が原案を作りました。渡米してヘレン・ケラーと出会い、アメリカ式の指文字を知ったことがきっかけです。校長の高橋潔ら同校の教員が完成させ、昭和6年に正式採用されました。

カナヲはこの合図のおかげで勝てたのですか?

直接の勝因とは言えませんが、序盤で粉凍りを吸い込むという最悪の展開を回避できています。カナヲは最初から吸わない立ち回りを選んでおり、その後は伊之助とともに童磨の頸を落とすところまで到達しました。

鬼殺隊には手信号の訓練があったのですか?

作中で訓練内容として明記された箇所は確認できませんでした。隊士どうしの合図として自然に成立していたという見方もありますが、公式の裏づけはありません。しのぶとカナヲが蝶屋敷で長く過ごしてきたことをふまえ、二人のあいだの符丁と読むこともできます。

まとめ

  • しのぶの指文字は「吸うな」という警告だと読み取れる。童磨の粉凍りを吸わせないための合図
  • ただし作中に断定の説明はなく、童磨の推測とカナヲの独白から間接的に分かる形になっている
  • 合図が描かれるのは単行本17巻の第143話。意味が分かるのは18巻から19巻にかけて
  • カナヲが背後から現れたため、しのぶは振り返ることも声を出すこともできなかった
  • 現実の日本の指文字は昭和6年(1931年)制定で、大正時代が舞台の作中には存在しない

意味が分からないまま数巻ぶん置かれる合図というのは、読み手にとってはもどかしい仕掛けです。しかしその答え合わせが、受け取った側の口から出てくる形になっているところに、この場面の設計があります。伝えた本人はもういない。それでも伝わっていたと分かる。しのぶが指1つに込めたのは、そういう種類の情報でした。

続きは単行本で

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この記事について

執筆・編集: マンガノシラベ編集部
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