【キングダム】騰(とう)は死亡する?現在の生存状況と史実・内史騰の最後を解説
この記事には『キングダム』単行本77巻までの展開と、史実にもとづく今後の見通しが含まれます。連載の進行状況は2026年8月時点のものです。
『キングダム』の秦国大将軍・騰(とう)。もとは王騎軍の副官であり、王騎の死後にその軍を引き継いだ人物です。「ファルファルファル」という独特の擬音とともに敵を斬り伏せる姿と、常に表情を変えない冷静さで知られています。
この記事では、騰が作中で死亡するのか、2026年8月時点でどうなっているのかを整理します。さらに、騰には史実にはっきり対応する実在の人物がいます。紀元前230年に韓を滅ぼした秦の将軍・内史騰です。作中の展開と史実がここまで一致する人物は多くありません。その対応関係を年代とともに追いました。
結論
- 騰は作中で死亡していません。2026年8月時点で生存しています。
- ただし武人としては一区切りがついています。単行本77巻収録の第844話で、騰は「剣を置く」と口にし、六大将軍の座から退く意向を示しました。
- 史実の内史騰は実在します。紀元前230年に韓を攻めて韓王安を捕らえ、韓を滅ぼした秦の将軍です。戦死したという記録はなく、その後は南郡の郡守として文書行政に携わったことが出土資料から確認されています。
騰のプロフィール

| 名前 | 騰(とう) |
|---|---|
| 所属 | 秦国 |
| 階級 | 秦国大将軍。新たな六大将軍の一人に選ばれる |
| もとの立場 | 王騎軍の副官 |
| 特徴 | 常にポーカーフェイス。「ファルファルファル」という擬音とともに敵を斬る |
| 主な戦績 | 馬陽の戦いで趙軍の大将代理・趙荘を討つ/合従軍編で楚の臨武君を破る/韓攻略戦の総大将 |
| 史実のモデル | 秦の将軍・内史騰(実在) |
騰は登場当初、王騎の言葉に「ハッ」と短く応じるだけの副官として描かれていました。ところが王騎が馬陽の戦いで倒れたあと、王騎は軍の指揮を騰に託します。王騎が自分に劣らない判断力を持つと認めていたからです。
王騎の死後、騰は自ら軍を率いる立場になり、王騎の笑い方を真似て周囲を呆れさせる場面なども描かれるようになりました。副官という枠から出て、一人の将として立った人物です。
騰は死亡する? 作中の現在の状況
結論として、騰は2026年8月時点で死亡していません。連載は続いており、騰は生存しています。
ただし戦場に立つ武人としての騰には、すでに区切りがつけられています。韓攻略戦の決着後、騰は六大将軍を退き、剣を置くと宣言しました。この場面が描かれたのが単行本77巻に収録された第844話です。
「剣を置く」に至った経緯
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 韓攻略戦の開始 | 第801話(単行本73巻の最終話)で飛信隊が騰軍とともに韓を攻めるよう指示される。本格的な戦いは第802話からの74巻以降 |
| 偽兵の策 | 騰の発案で、老人や病人を含む10万の偽兵を動員し、実数16万の軍を26万に見せかける |
| 新鄭の開城 | 韓の王都・新鄭が開城し、韓が滅亡する(単行本77巻) |
| 負傷 | 身を投げようとした韓の公主・寧を受け止めた際、地面に叩きつけられて背骨を痛める |
| 第844話 | 騰が「剣を置く」と宣言し、六大将軍の座から退く意向を示す |
単行本77巻は第835話「ふつうの人」から第845話「閼与の軍勢」までを収録しています。韓の滅亡と騰の決断は、この巻にまとめて描かれました。
注意しておきたいのは、これが「敗北による退場」ではないという点です。騰は韓を落とし、王都を無血で開城させたうえで、その土地と人をどう扱うかという段階に軸足を移しています。後述する史実を見ると、この展開が原作の思いつきではないことがわかります。
騰の主な戦績
騰が大将軍へ登り詰めるまでには、はっきりした戦果の積み重ねがあります。
| 戦い | 騰の役割 |
|---|---|
| 馬陽の戦い | 王騎軍の副官として参戦。趙軍の大将代理・趙荘を討ち取る。王騎の死後、軍の指揮を託される |
| 合従軍編(函谷関) | 楚の臨武君を破る。蒙武とともに斉・楚の軍を食い止め、のちの大将軍就任につながる功となる |
| 韓攻略戦 | 秦軍の総大将を務める。偽兵の策で敵の判断を狂わせ、新鄭を開城させて韓を滅ぼす |
王騎という圧倒的な存在の隣にいたため長く目立ちませんでしたが、単独で戦を任されてからの騰は、力押しではなく相手の心理を読む戦い方を見せています。韓攻略戦で使った偽兵の策は、その典型でした。
史実では? 内史騰という実在の将軍
ここからが『キングダム』の騰を語るうえで最も重要な部分です。騰には史実に対応する人物が実在します。秦王政に仕えた将軍・内史騰です。
まず名前について整理しておきます。「内史」は個人の姓ではなく、秦の官職名です。内史は都のある関中一帯、つまり首都圏の統治を担う長官職を指します。したがって「内史騰」は「内史の職にあった騰」という呼び方であり、姓は明らかになっていません。
内史騰の年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 紀元前234年ごろ | 秦王政が韓攻めを命じる |
| 紀元前231年(始皇16年) | 秦が韓から南陽の地を受け取り、騰を臨時の南陽守(代理の南陽守)に任じる |
| 紀元前230年(始皇17年) | 騰が韓を攻め、韓王安を捕虜とする。韓が滅亡し、秦はその地に潁川郡を置く |
| 紀元前229年(始皇18年) | 南郡の郡守に任じられたとされる |
| 紀元前227年(始皇20年)4月 | 南郡守として郡内に文書を発布し、法を行き渡らせようとする |
| 紀元前221年(始皇26年)まで | この年以前か同年に死去、もしくは引退したと考えられている |
韓は秦が最初に滅ぼした国
紀元前230年の韓の滅亡は、秦の統一戦争において最初の一国の滅亡でした。趙も魏も楚も燕も斉も、まだ残っている段階です。その最初の一撃を任されたのが騰だったということになります。
秦は南陽の地をまず受け取り、そこに騰を置きました。翌年、その騰が韓へ攻め込み、韓王安を捕らえます。つまり韓の滅亡は突発的な侵攻ではなく、前年からの布石を踏んだ手順として進んでいます。
出土資料に名前が残る珍しい将軍
内史騰が興味深いのは、『史記』のような文献だけでなく、地中から出た一次資料にも名前が残っている点です。
1975年、湖北省雲夢県の睡虎地で秦代の墓が発掘され、大量の竹簡が出土しました。これが睡虎地秦簡です。喜という秦の官吏の墓から副葬品として出たもので、秦の法制を知るうえで極めて重要な資料とされています。
この竹簡群に含まれる「語書」は、始皇20年(紀元前227年)4月に南郡守の騰が郡内の官吏に宛てて出した文書です。内容は、法にもとづいて民を治めるよう徹底させるものでした。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 資料名 | 睡虎地秦簡「語書」 |
| 発見 | 1975年、湖北省雲夢県睡虎地の秦墓から出土 |
| 墓の主 | 喜という秦の官吏 |
| 年代 | 始皇20年(紀元前227年)4月 |
| 差出人 | 南郡守の騰 |
| 内容 | 郡内の官吏に対し、法にもとづく統治を徹底するよう命じる文書 |
戦国時代の将軍の多くは、後世に書かれた歴史書のなかにしか存在しません。そのなかで内史騰は、本人が発したとされる文書が実物として残っている珍しい人物です。しかもその文書は戦の記録ではなく、統治のための行政文書でした。
漫画と史実の違い
| 項目 | 『キングダム』 | 史実 |
|---|---|---|
| 現在の状況 | 2026年8月時点で生存。剣を置くと宣言 | 紀元前221年以前に死去または引退したとされる。戦死の記録はない |
| 韓の滅亡 | 秦軍の総大将として新鄭を開城させる | 紀元前230年に韓を攻め、韓王安を捕虜とする |
| 王騎との関係 | 王騎軍の副官として仕え、死後に軍を継ぐ | 王騎は作品独自の人物であり、史実に対応する記録はない |
| 南陽 | 作中では韓攻略の文脈で登場 | 紀元前231年に臨時の南陽守に任じられている |
| 戦後の立場 | 剣を置き、韓の地と民に向き合う姿勢を示す | 南郡守として法にもとづく統治を進め、文書行政に携わる |
| 六大将軍 | 復活した六大将軍の一人に選ばれる | 六大将軍という制度は作品独自の設定 |
この表を見ると、騰は『キングダム』の登場人物のなかでも作中と史実の対応が特にきれいな人物だとわかります。韓を滅ぼす、南陽と関わる、そのあと武ではなく統治の側へ移る。この三点が両方で一致しています。
なぜ騰は「剣を置く」ことになったのか
作中で騰が剣を置くと決めたきっかけは、韓の公主・寧を受け止めた際の負傷でした。ただ、それだけであればわざわざ六大将軍の座を退く必要はありません。
史実の内史騰の経歴を並べると、この展開の意味がはっきりします。史実の騰は韓を滅ぼしたあと、戦場ではなく統治の現場へ移っています。南郡守として法を行き渡らせる文書を出したという記録が、それを示しています。
つまり『キングダム』は、史実の内史騰が「韓を滅ぼした将軍」であると同時に「その後を治めた官」でもあったという事実を、物語のかたちに変換していると読めます。剣を置くという台詞は、武人の引退宣言であると同時に、史実の内史騰がたどった道筋の入口でもあるということです。
王騎の副官から始まった人物が、大将軍まで登り、最後に選ぶのが剣を置くことだった。この流れは、作中の中華統一という主題が「戦って勝つ」だけでは完結しないことも示しています。落とした国をどう治めるかという問題が、騰という人物を通して持ち込まれた形です。
騰に関するよくある質問
騰は作中で死亡しますか?
2026年8月時点で死亡していません。生存しています。ただし単行本77巻収録の第844話で「剣を置く」と宣言し、六大将軍の座を退く意向を示しています。
騰が剣を置くと言ったのは何巻何話ですか?
第844話です。単行本では77巻に収録されています。77巻は第835話「ふつうの人」から第845話「閼与の軍勢」までを収めた巻です。
騰は史実に実在しましたか?
実在します。秦王政に仕えた将軍・内史騰です。紀元前230年に韓を攻めて韓王安を捕らえ、韓を滅ぼした人物として記録されています。
「内史騰」の内史とは何ですか?
姓ではなく秦の官職名です。内史は都のある関中一帯、つまり首都圏の統治を担う長官職を指します。したがって「内史騰」は「内史の職にあった騰」という呼び方であり、姓は明らかになっていません。
史実の騰はどのように死んだのですか?
死因を伝える明確な記録はありません。紀元前221年以前か同年に死去、もしくは引退したと考えられています。戦死したという記述は残っていません。
韓が滅んだのはいつですか?
紀元前230年です。騰が韓を攻めて韓王安を捕虜とし、秦は韓の領土に潁川郡を置きました。韓は秦の統一戦争で最初に滅んだ国です。
騰は王騎の副官だったのですか?
そのとおりです。王騎軍の副官として仕え、王騎が馬陽の戦いで倒れる際に軍の指揮を託されました。その後、自ら軍を率いる立場になっています。
騰の主な戦績を教えてください。
馬陽の戦いで趙軍の大将代理・趙荘を討ち取り、合従軍編では楚の臨武君を破っています。その後、韓攻略戦の総大将を務め、王都・新鄭を開城させました。
「ファルファルファル」とは何ですか?
騰が敵を斬る場面で使われる擬音です。剣の動きを表す表現として定着しており、アニメ版や実写映画でも採用されています。
睡虎地秦簡の「語書」とは何ですか?
1975年に湖北省雲夢県の睡虎地で出土した秦代の竹簡群に含まれる文書です。始皇20年(紀元前227年)4月に南郡守の騰が郡内の官吏へ宛てたもので、法にもとづいて民を治めるよう命じる内容でした。将軍本人が発したとされる文書が実物として残っている、珍しい例です。
まとめ
- 騰は2026年8月時点の連載で死亡しておらず、生存している
- 単行本77巻収録の第844話で「剣を置く」と宣言し、六大将軍を退く意向を示した
- 史実の内史騰は実在し、紀元前230年に韓を攻めて韓王安を捕らえ、韓を滅ぼした
- 内史は姓ではなく秦の官職名。首都圏を治める長官職を指す
- 韓の滅亡後は南郡守となり、紀元前227年には法の徹底を命じる文書を出している。この文書は睡虎地秦簡「語書」として実物が残っている
王騎の隣で「ハッ」とだけ答えていた副官が、最初の一国を滅ぼす総大将になり、最後に剣を置く。作中のこの流れは、史実の内史騰が韓を滅ぼしたあと統治の側へ移ったという記録とぴったり重なります。『キングダム』の人物のなかでも、史実との対応をたどる面白さが特に大きい一人です。
この記事について
執筆・編集: マンガノシラベ編集部
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