満羽(まんう)は死亡する?什虎城陥落後も生存・蒙武との一騎打ちは60巻657話で決着なし【キングダム】
この記事には『キングダム』本編、とくに単行本60巻から61巻の什虎編の展開が含まれます。連載の進行状況は2026年8月時点のものです。
『キングダム』什虎編で蒙武の前に立ちはだかった楚の将軍、満羽(まんう)。あの蒙武を馬から叩き落とした一撃と、語られた過去の重さで一気に読者の記憶に残った人物です。
この記事では、満羽が作中で死亡しているのか、什虎編の結末で満羽がどうなったのか、そして満羽に史実のモデルがいるのかを整理します。結論から言うと、満羽は死んでいません。そして史実に対応する人物も見つかりません。その理由まで含めて調べました。
結論
- 満羽は死亡していません。什虎城は落ちましたが、満羽自身は生き延びて楚の都・郢(えい)方面へ撤退しています。2026年8月時点の最新話まで死亡描写はありません。
- 蒙武との一騎打ちは決着がついていません。単行本60巻の第657話「解放の意味」から61巻の第658話「一つの覚悟」にかけて描かれ、痛み分けのまま満羽が引き上げます。
- 満羽は史実に実在しません。『史記』などの史料に満羽に対応する人物の記録はなく、故郷とされる汨(べき)という国も作中の創作です。
満羽のプロフィール

| 名前 | 満羽(まんう) |
|---|---|
| 所属 | 楚国。什虎城の城主 |
| 立場 | 什虎を守る四人の将(満羽・千斗雲・玄右・寿胡王)の筆頭格 |
| 出自 | もとは小国・汨(べき)の大将軍。楚に降伏して什虎を与えられた |
| 初登場 | 単行本60巻(什虎編) |
| 主な戦い | 什虎城の戦いで蒙武と一騎打ち |
| 生死 | 2026年8月時点で生存。死亡描写なし |
| 史実のモデル | 該当する記録なし(作品オリジナル) |
満羽は、楚に生まれた将軍ではありません。楚に滅ぼされた小国の生き残りです。什虎を守る千斗雲・玄右・寿胡王も同じ立場で、四人はいずれも楚に国を潰されたうえで楚の旗の下に立っています。この設定を知っているかどうかで、什虎編の見え方はかなり変わります。
満羽は死亡した? 什虎編の結末
結論として、満羽は死亡していません。什虎城の戦いは秦・魏同盟軍の勝利で終わりますが、満羽は討ち取られていません。
什虎城の戦いの流れ
什虎城の戦いは、単行本60巻の第649話あたりから61巻の第661話あたりにかけて描かれたエピソードです。秦と魏が同盟を結び、楚の要衝である什虎城を攻めるという構図でした。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 開戦 | 秦・魏同盟軍が什虎城へ侵攻。秦側は蒙武・騰、魏側は呉鳳明らが参加 |
| 什虎側の布陣 | 満羽・千斗雲・玄右・寿胡王の四将に加え、中華十弓のひとり白麗が防衛に加わる |
| 一騎打ち | 第657話から第658話にかけて蒙武と満羽が激突。満羽が蒙武を落馬させるが決着はつかない |
| 決着 | 本陣が落とされ、什虎城も陥落。楚軍は撤退を余儀なくされる |
| 戦後 | 寿胡王は秦軍に捕らえられる。満羽は生き延び、郢の方面へ向かう |
つまり什虎編は、満羽にとって「敗北はしたが死んではいない」という終わり方でした。城という拠点を失っただけで、将としては健在のまま物語から一度退場しています。
2026年8月時点での状況
2026年8月時点で『キングダム』は連載中で、単行本は79巻まで刊行されています。本編は趙との決戦局面に入っており、什虎編からはかなり時間が経っています。
その間、満羽が再登場して死亡したという描写は確認できません。したがって現時点では生存中と扱うのが正確です。楚が本格的に物語の中心へ戻ってきたとき、再び姿を見せる可能性の高い人物です。
蒙武と満羽の一騎打ちはどうなった?
満羽が最も注目されたのが、蒙武との一騎打ちです。
蒙武は作中で楚の巨漢・汗明を破った実績を持つ、秦最強クラスの武人です。その蒙武が、満羽の一撃で馬から落とされました。乗り直して仕掛けた蒙武は、再び満羽に返り討ちにされます。
しかし満羽は蒙武を仕留めませんでした。満羽は蒙武が「何かを背負っている」から汗明に勝てたのだと見抜き、次に会う日までそれを失っていないことを願うという趣旨の言葉を残して引き上げます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 描かれた話数 | 第657話「解放の意味」から第658話「一つの覚悟」にかけて |
| 収録巻 | 第657話は60巻、第658話は61巻 |
| 結果 | 決着つかず。満羽が優勢のまま撤退 |
| 蒙武の状態 | 二度落馬させられるが致命傷は負わない |
作中で蒙武がここまで一方的に押された相手は多くありません。満羽の強さが読者に強い印象を残したのはこのためです。
満羽の過去 汨(べき)という国で起きたこと
満羽の重さは、強さそのものより過去にあります。
十二年前、満羽は汨という小国の大将軍でした。楚の侵略に対して抵抗を続け、戦場では勝ち続けていたと語られています。しかし満羽が遠方へ出征している間に、汨の王は城門を開いて楚に降伏してしまいました。
その事実を知らないまま戦い続けた満羽軍が斬っていたのは、すでに楚側に組み込まれた自国の民兵でした。慕ってくれていた少年・青多の遺体を見つけたところで、満羽は自分が何をしていたのかを悟ります。この時点で、かつての満羽は死んだと作中では表現されています。
その後、満羽は楚に降り、什虎という城を与えられました。千斗雲は暦(れき)という別の小国の大将軍で、やはり国を失って合流した人物です。什虎の四将は、こうして集まった敗残の将たちでした。
史実では? 満羽に対応する人物はいない
ここが『キングダム』を史実と照らして読むうえで重要な点です。満羽は史実に実在しません。
『史記』をはじめとする史料に、満羽に相当する楚の将軍の記録はありません。什虎という地名も中国の史料には見当たらず、什虎城の戦いそのものが作品独自のエピソードです。千斗雲・玄右・寿胡王も同様に創作された人物です。
ただし、什虎編の土台になった要素まで完全な創作というわけではありません。秦が魏に同盟を持ちかけたという記録は存在し、そこから膨らませた物語だと考えられています。
史実の楚にいた実在の武将
満羽の代わりに、史実の楚を支えた実在の人物を並べると次のようになります。
| 人物 | 実在 | 記録されている内容 |
|---|---|---|
| 項燕 | 実在 | 楚の大将軍。紀元前225年に李信の秦軍を破り、紀元前223年に自害したとされる |
| 春申君(黄歇) | 実在 | 戦国四君のひとり。楚の宰相を務めた |
| 昌平君 | 実在 | 秦の丞相だったが楚側へ回り、最後の楚王に擁立されたとされる |
| 満羽 | 記録なし | 作品オリジナルの人物 |
| 媧燐 | 記録なし | 作品オリジナルの人物 |
史実の楚が滅びるまでの年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 紀元前278年 | 秦の白起が楚の都・郢を陥落させる |
| 紀元前238年ごろ | 春申君が死去 |
| 紀元前225年 | 秦の李信が20万で楚へ侵攻し、項燕に大敗する |
| 紀元前224年 | 王翦が60万を率いて侵攻。楚王・負芻が捕らえられる |
| 紀元前223年 | 昌平君が戦死し、項燕も自害。楚が滅亡する |
なお楚の滅亡年については、史料によって記述に幅があります。『史記』のなかでも秦始皇本紀と世家・列伝で内容が完全には一致しておらず、昌平君が楚王に立てられたという記録は秦始皇本紀にしか見られません。断定的に書けない部分がある点は押さえておくべきところです。
「汨」という文字が指すもの
満羽の故郷として作中に出てくる汨という国名は創作ですが、汨という文字自体は中国の地理に実在します。湖南省を流れる汨羅江(べきらこう)です。
この川は、楚の政治家であり詩人でもあった屈原(紀元前343年ごろから紀元前278年ごろ)が身を投げた場所として知られています。屈原は秦の謀略を見抜いて王を諫めましたが受け入れられず、紀元前278年に白起が郢を落としたという報を受けて絶望し、汨羅江に入水したと伝えられます。
人々が屈原の遺体を魚に食べられないようにと粽を川へ投げ入れ、太鼓を鳴らして霊を鎮めたことが、端午の節句と粽の由来になったとされています。
ただし、作中の汨国とこの汨羅江が結び付けられているという公式の説明はありません。文字が共通しているという事実にとどまり、それ以上は読者の推測の範囲です。
漫画と史実の違い
| 項目 | 『キングダム』 | 史実 |
|---|---|---|
| 満羽 | 什虎城の城主。蒙武と互角に渡り合う | 対応する記録なし |
| 汨・暦という国 | 楚に滅ぼされた小国として登場 | 該当する国の記録は確認できない |
| 什虎城の戦い | 秦・魏同盟軍と楚の大規模戦 | 什虎という地名も戦いも記録がない |
| 秦と魏の同盟 | 什虎攻めのために結ばれる | 秦が魏に同盟を持ちかけた記録は存在する |
| 楚の滅亡 | 未到達 | 紀元前223年に滅亡 |
なぜ満羽はこのように描かれたのか
満羽は、敵将としてはかなり異質な造形をしています。侵略者である楚の側に立ちながら、本人は侵略された側の生き残りだからです。
『キングダム』は秦の中華統一を主軸に据えた作品です。主人公側は基本的に「攻める側」であり、小国を呑み込んでいく側にいます。満羽の過去は、その呑み込まれる側で何が起きるのかを一人分の物語として提示したものだと読めます。王が城門を開いた瞬間に、前線で勝ち続けていた将軍の戦いがすべて無意味になるという構図です。
そのうえで満羽は蒙武を仕留めませんでした。背負うものを持った人間を認めるという態度は、自分がそれを失った人物だからこそ出てくるものです。単純な強敵ではなく、主人公側が今後失うかもしれないものを先に見せる役割を担っている、と考えると座りがよくなります。
史実に対応する人物がいないことも、この読み方を裏づけます。史実に縛られない人物だからこそ、作者が言いたいことをそのまま託せる位置に置けたわけです。
アニメではまだ描かれていない
この場面は単行本60巻にあたります。
2026年8月の時点で、アニメはここまで進んでいません。第6シリーズが鄴攻略編の序盤から中盤までを描いた段階で、続きは続編で扱われることになります。
| 単行本 | 60巻 |
|---|---|
| アニメ | 2026年8月時点で未放送 |
| 放送済みの最新 | 第6シリーズ。原作46巻の第490話から朱海平原の戦いの中盤まで |
続編の制作は決定していますが、放送時期は公表されていません。シリーズごとの原作範囲はアニメと原作の対応表にまとめています。
満羽に関するよくある質問
満羽は死亡しましたか?
していません。什虎城は陥落しましたが満羽は討ち取られておらず、2026年8月時点の連載まで死亡描写は確認できません。
満羽は何巻から登場しますか?
単行本60巻からです。什虎城の戦いは60巻の第649話あたりから61巻の第661話あたりにかけて描かれています。
蒙武と満羽の一騎打ちはどちらが勝ちましたか?
決着はついていません。満羽が蒙武を二度落馬させて優勢でしたが、仕留めずに撤退しました。第657話から第658話にかけて描かれています。
満羽は史実に実在しましたか?
実在しません。『史記』などの史料に満羽に対応する記録はなく、作品オリジナルの人物です。
満羽の故郷の汨という国は実在しましたか?
作中の設定であり、該当する国の記録は確認できません。ただし汨という文字は湖南省を流れる汨羅江として実在します。
什虎城の戦いは史実にありますか?
ありません。什虎という地名も史料に見当たらず、什虎城の戦いは作品独自のエピソードです。ただし秦が魏に同盟を持ちかけた記録は存在します。
什虎の四将は誰ですか?
満羽、千斗雲、玄右、寿胡王の四人です。全員が楚に滅ぼされた小国の生き残りで、楚に降ったのち什虎を守っていました。
什虎編で捕らえられたのは誰ですか?
寿胡王です。什虎城陥落後に秦軍へ捕らえられ、什虎の秘密や満羽の過去を語る役割を担いました。
満羽は今後再登場しますか?
明言はされていません。ただし満羽は生存したまま楚へ戻っており、蒙武との再戦も宙に浮いたままです。楚が物語の中心に戻る局面で再登場する余地は残されています。
史実の楚はいつ滅びましたか?
紀元前223年です。前年に王翦が60万で侵攻して楚王・負芻が捕らえられ、翌年に項燕が自害して滅亡しました。
まとめ
- 満羽は死亡しておらず、2026年8月時点の連載まで死亡描写はない
- 什虎城の戦いは単行本60巻から61巻にかけて描かれ、城は落ちたが満羽は生還した
- 蒙武との一騎打ちは第657話から第658話で描かれ、決着はついていない
- 満羽はもと汨国の大将軍で、王の降伏によって自国民と戦わされた過去を持つ
- 満羽は史実に実在せず、汨国も什虎城の戦いも作品独自の創作である
史実に名前が残っていない人物ほど、作者が自由に意味を込められます。満羽が敵将でありながら読者の記憶に残るのは、勝ち続けても国は守れなかったという、史書に残らない側の物語をひとりで背負わされているからでしょう。
この記事について
執筆・編集: マンガノシラベ編集部
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