ゴールデンカムイの函館・五稜郭|最終決戦の舞台と箱館戦争の史実・ゆかりの地
この記事には『ゴールデンカムイ』最終章の舞台と結末に関する記述が含まれます。未読の方はご注意ください。
『ゴールデンカムイ』の最終決戦は、函館で起こります。
なかでも五稜郭は、多くの人物が命を落とした場所です。そしてこの五稜郭は、実在する史跡でもあります。この記事では、作中の函館と史実の箱館戦争を照らし合わせ、実際に訪れられる場所も整理します。
結論
- 五稜郭は実在する星形の城郭です。北海道函館市にあり、五稜郭公園として整備されています。
- 1869年の箱館戦争では旧幕府軍の拠点でした。土方歳三が戦死した地でもあります。
- 作中では最終決戦の舞台になります。複数の主要人物がここで倒れました。
- ゆかりの地は現在も巡ることができます。土方歳三最期の地碑や碧血碑が残されています。
作中で函館はどう使われるか

物語の終盤、金塊を追うすべての勢力が函館へ集まります。
| 勢力 | 目的 |
|---|---|
| 杉元・アシリパ | 金塊と、それぞれの決着 |
| 第七師団(鶴見中尉) | 金塊を軍資金に北海道へ独立勢力を作る |
| 土方一派 | 金塊で蝦夷共和国を再興する |
三つ巴だった構図が、ここで一気に潰し合いへ向かいます。五稜郭とその周辺が、最後の戦場になりました。
この土地が選ばれたことには理由があります。土方歳三が史実で最期を迎えた場所だからです。
五稜郭とはどんな場所か
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在 | 北海道函館市五稜郭町 |
| 形状 | 星形(五角形)の西洋式要塞 |
| 着工 | 1857年 |
| 完成 | 1864年 |
| 設計 | 武田斐三郎 |
| 現在 | 五稜郭公園として整備され、見学できる |
五稜郭は、幕末に築かれた西洋式の要塞です。従来の日本の城とは構造が違い、大砲の時代に合わせて設計されました。
星形にすることで、壁に取りついた敵を側面から撃てるようになります。ヨーロッパで発達した稜堡式と呼ばれる形式です。
もともとは箱館奉行所を守るために築かれたものでした。戦場になることを想定して作られながら、実際に戦いに使われたのは箱館戦争の一度だけです。
箱館戦争という史実
五稜郭が戦場になったのは、戊辰戦争の最終局面です。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 1868年10月 | 旧幕府軍が蝦夷地へ上陸する |
| 1868年末 | 箱館を占領し、五稜郭を拠点とする |
| 1869年5月11日 | 土方歳三が一本木関門付近で戦死する |
| 1869年5月18日 | 旧幕府軍が降伏し、戦争が終わる |
榎本武揚らが率いる旧幕府軍が蝦夷地へ渡り、箱館を占領しました。そこで樹立されたのが、いわゆる蝦夷共和国です。
しかし新政府に承認されることはなく、半年ほどで崩壊します。土方歳三はその過程で、五稜郭の外にある一本木関門付近で戦死しました。
この戦争をもって、戊辰戦争は終わります。五稜郭は、幕府という体制が最後に消えた場所ということになります。
作中の五稜郭で何が起きたか
作中の五稜郭では、複数の主要人物が命を落とします。
| 人物 | 巻・話 | 結末 |
|---|---|---|
| 都丹庵士 | 30巻・第294話 | 土方を庇って被弾し死亡 |
| 二階堂浩平 | 30巻・第295話 | 杉元の銃剣により体が左右に裂かれる |
| ソフィア・ゴールデンハンド | 30巻・第299話 | 鶴見中尉に胸を撃たれて死亡 |
短い期間に、これだけの人物が同じ場所で倒れました。五稜郭は作中で、決着をつけるための場所として機能しています。
史実で幕府が終わった場所に、物語の終わりが重ねられています。偶然ではなく、明確に選ばれた舞台です。
五稜郭公園と五稜郭タワー
現在の五稜郭は、公園として整備されています。
| 施設 | 内容 |
|---|---|
| 五稜郭公園 | 星形の堀と土塁が残る。桜の名所としても知られる |
| 箱館奉行所 | 復元された建物が公開されている |
| 五稜郭タワー | 高さ107メートル。2006年に完成した現在のタワー |
| 五稜郭歴史回廊 | タワー展望2階の展示。五稜郭と箱館戦争を解説している |
星形は地上からでは分かりません。五稜郭タワーの展望2階は地上90メートルにあり、ここから全景をほぼ真上に見ることができます。
展望フロアには五稜郭歴史回廊という展示があり、箱館戦争の経緯を追えるようになっています。作品を読んでから訪れると、地形と出来事が結びつきます。
土方歳三ゆかりの地
函館には、土方歳三に関する場所がいくつも残されています。
| 場所 | 内容 |
|---|---|
| 土方歳三最期の地碑 | 戦死した一本木関門付近に建てられている |
| 碧血碑 | 箱館戦争で戦死した旧幕府軍の将兵を祀る碑 |
| 五稜郭公園 | 旧幕府軍の拠点だった場所 |
碧血碑(へっけつひ)は、箱館戦争で命を落とした旧幕府軍側の人々を祀るものです。敗れた側の戦死者を弔う碑が、今も残されています。
訪問を考える場合は、函館市の観光情報サイトなどで最新の開放状況を確認してください。季節によって公開時間や交通手段が変わります。
なぜ函館が最後の舞台なのか
この作品が函館を選んだ理由は、明確です。
土方歳三が史実で死んだ場所だからです。作中の土方は箱館戦争を生き延びた設定になっていますが、最後はやはり函館で終わります。
| 項目 | 史実の土方 | 作中の土方 |
|---|---|---|
| 1869年 | 箱館で戦死。享年35 | 落ち延びて生存 |
| その後 | — | 投獄され、のちに脱獄する |
| 最期 | 箱館・一本木関門付近 | 函館。列車上の戦いで死亡 |
40年遅れて、同じ土地に戻ってくる構成です。一度は逃れた場所へ帰り、そこで終わるという形になっています。
金塊も蝦夷共和国も手に入りませんでした。幕府が終わった場所で、その残り火も消えるという結末です。
蝦夷共和国という短命の政権
五稜郭を語るうえで欠かせないのが、蝦夷共和国です。
1868年末、箱館を占領した旧幕府軍が樹立した政権を指します。榎本武揚が総裁に選ばれ、土方歳三は陸軍奉行並という立場に就きました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 樹立 | 1868年末。箱館を占領した旧幕府軍による |
| 総裁 | 榎本武揚 |
| 土方歳三 | 陸軍奉行並 |
| 存続期間 | 半年ほど。1869年5月に崩壊 |
新政府から承認されることはありませんでした。成立から半年足らずで、五稜郭の降伏とともに消えています。
作中の土方が目指すのは、この政権の再興です。40年前に半年で潰えたものを、金塊の力でもう一度作ろうとしています。
函館の他の舞台
最終章の函館は、五稜郭だけが舞台ではありません。
市街地や港湾、鉄道といった場所が次々に使われます。特に鉄道は、物語の決着そのものが起きる場所になりました。
| 場所 | 作中での役割 |
|---|---|
| 五稜郭 | 複数の主要人物が命を落とす戦場 |
| 市街地 | 各勢力の移動と衝突が起きる |
| 鉄道 | 暴走する列車の上で最後の戦いになる |
明治後期の函館は、北海道の玄関口として栄えた港町です。鉄道や港湾が整備され、人と物が集まる場所でした。
その近代的な設備の上で、幕末の人物が刀を振るう。時代がずれた者同士の戦いという構図が、最後まで貫かれています。
訪問するときの注意点
作品の舞台を巡る場合、いくつか押さえておきたい点があります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 季節 | 冬季は積雪があり、屋外の史跡は歩きにくい |
| 桜の時期 | 五稜郭公園は桜の名所で、この時期は特に混雑する |
| 施設の扱い | 公園、奉行所、タワーで営業時間や料金が異なる |
| 確認方法 | 函館市の観光情報や各施設の公式情報を事前に見る |
五稜郭公園は桜の名所としても知られています。星形の堀に沿って咲くため、タワーからの眺めが特に有名です。
碧血碑は函館山の麓にあり、五稜郭とは離れた場所にあります。まとめて回る場合は、移動時間を見込んでおいてください。
函館・五稜郭に関するよくある質問
五稜郭は実在するのですか?
実在します。北海道函館市にあり、現在は五稜郭公園として整備され見学できます。
五稜郭はいつ造られたのですか?
1857年に着工し、1864年に完成しました。設計は武田斐三郎です。
なぜ星形なのですか?
大砲の時代に合わせた西洋式の要塞だからです。星形にすることで、壁に取りついた敵を側面から撃つことができます。
箱館戦争とは何ですか?
1868年から1869年にかけての戦いです。旧幕府軍が蝦夷地へ渡って箱館を占領し、五稜郭を拠点としましたが、1869年5月に降伏しました。戊辰戦争の最終局面にあたります。
土方歳三はどこで死んだのですか?
史実では1869年5月11日、箱館の一本木関門付近で銃弾を受けて戦死しました。享年35です。現地には「土方歳三最期の地碑」が建てられています。
作中の五稜郭では誰が死にましたか?
都丹庵士が30巻・第294話、二階堂浩平が30巻・第295話、ソフィア・ゴールデンハンドが30巻・第299話で死亡しています。
五稜郭タワーの高さはどれくらいですか?
高さ107メートルです。2006年に完成しました。展望2階は地上90メートルにあり、星形の全景をほぼ真上から見ることができます。
碧血碑とは何ですか?
箱館戦争で戦死した旧幕府軍の将兵を祀る碑です。敗れた側の戦死者を弔うものとして、現在も函館に残されています。
なぜ函館が最終決戦の舞台なのですか?
土方歳三が史実で最期を迎えた場所だからです。作中の土方は箱館戦争を生き延びた設定ですが、最後はやはり函館で終わります。
五稜郭公園は無料で入れますか?
公園部分は開放されていますが、箱館奉行所や五稜郭タワーは施設ごとに扱いが異なります。訪問前に函館市の観光情報などで最新の状況を確認してください。
まとめ
- 五稜郭は北海道函館市にある実在の星形要塞で、1864年に完成した
- 1869年の箱館戦争では旧幕府軍の拠点となった
- 土方歳三は1869年5月11日、一本木関門付近で戦死している
- 作中では最終決戦の舞台となり、都丹・二階堂・ソフィアがここで死亡する
- 現在は五稜郭公園として整備され、高さ107メートルの五稜郭タワーから全景を見られる
- 土方歳三最期の地碑や碧血碑など、ゆかりの地が今も残されている
幕府が終わった場所で、その残り火も消える。函館という舞台の選び方には、はっきりした意図があります。
この記事について
執筆・編集: マンガノシラベ編集部
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