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ネタバレ注意
この記事には『キングダム』単行本35巻までの結末と、『史記』にもとづく史実の記述が含まれます。

『キングダム』の第1巻で政に反旗を翻した王弟、成蟜(せいきょう)。登場時は傲慢で血筋にこだわる人物として描かれ、多くの読者に嫌われた存在でした。それが物語の途中で大きく印象を変え、最期には涙を誘う場面を残します。

この記事では、成蟜が死亡するのは何巻何話なのか、誰の裏切りによるものだったのかを整理します。あわせて、史実の成蟜が『史記』にどう記録されているのか、そして作中で成蟜を陥れた蒲鶮(ほかく)が実在の人物なのかまで調べました。

結論

  • 成蟜は死亡します。単行本35巻の第377話、屯留(とんりゅう)の反乱の結末で亡くなります。
  • 作中の成蟜は反乱の首謀者ではありません。屯留の城主代行・蒲鶮の裏切りにより、反乱の首謀者に仕立て上げられた側です。
  • 史実の成蟜は自ら反乱を起こしたと記録されています。紀元前239年、趙を攻める途上の屯留で謀反を起こし、屯留の壁塁の内で自殺したとされます。

成蟜(せいきょう)のプロフィール

秦の兵馬俑のイメージ
成蟜が生きたのは秦王政の時代です(画像はイメージです)
名前 成蟜(せいきょう)
立場 秦の王弟。嬴政(えいせい)の異母弟
史実の封号 長安君(ちょうあんくん)
瑠衣(るい)
作中での初期の立ち位置 政に反旗を翻す王弟。血筋を重んじ、下層の民を蔑む
作中での最終的な立場 政を支持する派閥の中心人物
死亡 単行本35巻 第377話
史実の没年 秦王政8年(紀元前239年)

成蟜は物語の最初期に、政の玉座を狙って挙兵した人物です。この反乱が信と漂の運命を分ける発端になりました。読者にとっては、主人公の親友を失わせた元凶という位置づけから始まっています。

成蟜が変わったきっかけ

その成蟜が変わるのは、妻・瑠衣との関係を通じてでした。血筋だけを拠り所にしていた人物が、自分を支える者たちの存在に気づいていきます。政に対する態度も、対立から支持へと変化しました。

初登場時の印象と最期の印象がここまで反転するキャラクターは、『キングダム』の中でも珍しい部類です。

成蟜の死亡は何巻何話? 屯留の反乱

結論として、成蟜が死亡するのは単行本35巻の第377話です。舞台は屯留という城で、俗に「屯留の反乱」と呼ばれる一連の出来事の結末にあたります。

段階 内容
1 趙軍が秦の要所・屯留へ侵攻する
2 妻の瑠衣が屯留に帰郷していたため、成蟜が自ら軍を率いて出兵する
3 成蟜は趙軍を撃退することに成功する
4 屯留の城主代行だった蒲鶮が裏切り、成蟜を捕らえる
5 蒲鶮は成蟜を反乱の首謀者に仕立て、その首を取って鎮圧の功とするつもりだった
6 成蟜は脱出して瑠衣を救出するが、その過程で致命傷を負う
7 成蟜は瑠衣に看取られて死亡。蒲鶮も討たれ、呂不韋につながる証拠は残らなかった

蒲鶮は呂不韋と通じており、成功すれば屯留を与えられる約束を取り付けていました。さらに瑠衣を手に入れ、正統な血筋によって屯留を支配することまで狙っていたとされます。成蟜は、その計画のために「反乱の首謀者」という役を割り当てられた形です。

最期の場面で成蟜は、初めて会ったときから瑠衣に惚れていたと言い残しています。孤立無援に見えた反乱の中で、彼のために泣く家臣がいたことも描かれました。序盤の成蟜からは考えられない結末です。

成蟜を殺したのは誰?

作中で成蟜を死に追いやったのは、直接的には屯留の城主代行・蒲鶮です。そしてその背後にいたのが呂不韋でした。

ただし、呂不韋の関与を裏づける証拠は残りませんでした。蒲鶮も戦いの中で命を落としたため、証言する者がいなくなったからです。政の側は、弟を失ったうえに相手を追及する材料も得られないという結果を突きつけられます。

史実では? 成蟜は自ら反乱を起こして自殺した

ここが作中と史実で最も食い違う部分です。『史記』の成蟜は、他人に嵌められた被害者ではなく、自ら謀反を起こした人物として記録されています。

『史記』秦始皇本紀の記述

秦王政8年(紀元前239年)の条に、王弟の長安君・成蟜が将軍として趙を攻撃したが、そこで謀反を起こし、屯留で死んだと記されています。続けて、軍吏はみな斬首され、屯留の民は臨洮(りんとう)へ強制的に移されたとあります。

出来事
紀元前239年(秦王政8年) 王弟・長安君成蟜が軍を率いて趙を攻撃する
同年 成蟜が屯留で謀反を起こす
同年 秦が討伐軍を送り、成蟜は屯留の壁塁の内で自殺したとされる
同年 軍吏はみな斬首される
同年 屯留の民が臨洮へ移される

死に方については解釈が割れています。原文の「将軍壁死」という一句について、「将軍の壁(へき)という人物が死んだ」と読む訳注がある一方、『史記正義』は「将軍である成蟜が壁塁の内で死んだ」と解釈しています。後者に従うと、成蟜は籠城の末に自殺したことになります。

なぜ屯留で反乱が起きたのか

屯留はもともと韓の領土であり、韓から秦へ譲り渡された土地でした。秦の支配に入ってからの年数が浅く、兵士たちの秦に対する服従心が低かったと考えられています。反乱の舞台としてこの地が選ばれたのは偶然ではない、という見方です。

なお成蟜の生母は、韓出身の夫人だったとされます。荘襄王が韓との関係のために娶った女性という説もあります。韓とつながりのある王子が、もと韓領の地で反乱を起こし、鎮圧された。史実の成蟜の乱には、この構図が重なっています。

蒲鶮(ほかく)は実在の人物?

作中で成蟜を裏切った蒲鶮についても調べました。結論を書くと、『史記』の「蒲鶮」は人物と断定できません。

原文には「卒屯留、蒲鶮反」とあり、屯留と蒲鶮が並記されています。この蒲鶮を、屯留と同じく実在した古代の邑(都市)の名と読む説があります。また、特定の人物ではなく成蟜に従った兵の集団を指すという見方もあります。いずれにせよ、蒲鶮という個人の伝記は残っていません。

つまり『キングダム』の蒲鶮は、史料の中の地名らしき二文字から立ち上げられた創作人物ということになります。史実では反乱に加わった側の名が、作中では反乱を仕組んだ側の名に転じている点が興味深いところです。

漫画と史実の違い

項目 『キングダム』 史実(『史記』)
反乱の首謀者 蒲鶮と呂不韋。成蟜は濡れ衣を着せられた側 成蟜自身が謀反を起こしたと記録される
最期 致命傷を負い、妻・瑠衣に看取られて死亡(35巻377話) 屯留の壁塁の内で自殺したとされる
蒲鶮 屯留の城主代行という人物 人名か地名か確定しない。屯留と並記される邑の名とする説がある
妻・瑠衣 第一夫人。相思相愛の関係 妻に関する記録は残っていない
王弟反乱(作品冒頭) 政の即位直後にクーデターを起こす これに対応する記録は残っていない
反乱後の処置 作中では詳述されない 軍吏は皆斬首、屯留の民は臨洮へ移住させられた

なぜ成蟜はこのように描かれたのか

史実の成蟜は、記録の上ではただの反逆者です。『史記』に残るのは反乱と死、そして関係者の処刑という数行だけで、人となりを伝える記述はほとんどありません。

『キングダム』はその空白に、まったく逆の物語を入れました。反乱を起こした王弟ではなく、反乱の罪を着せられた王弟。血筋にすがっていた人物が、血筋以外のものを見つけて死んでいく話です。

史実の「反」という一字を、作中では他人の手による罠に置き換える。記録が薄い人物ほど自由に描けるという、歴史漫画の強みが最もはっきり出た改変のひとつだと言えます。序盤で最も嫌われたキャラクターを、最も泣かせる退場に持っていった構成もここに支えられています。

アニメでは第何シリーズか

この場面は、アニメでは第4シリーズにあたります。

単行本 35巻
アニメ 第4シリーズ
そのシリーズの内容 成蟜の乱、著雍攻略、嬴政の加冠の儀、嫪毐の乱

アニメは原作の話をそのまま順番に並べているわけではありません。巻の区切りとシリーズの区切りは完全には一致しないため、目安として捉えてください。

シリーズごとの原作範囲はアニメと原作の対応表にまとめています。

成蟜に関するよくある質問

成蟜の死亡は何巻何話ですか?

単行本35巻の第377話です。屯留の反乱の結末で、妻の瑠衣に看取られて亡くなります。

成蟜の読み方は?

「せいきょう」です。表記が難しいため「成キョウ」と書かれることもあります。史実では長安君(ちょうあんくん)に封じられていました。

成蟜は本当に反乱を起こしたのですか?

作中では起こしていません。屯留の城主代行・蒲鶮の裏切りにより、反乱の首謀者に仕立てられた側です。ただし史実の『史記』では、成蟜自身が謀反を起こしたと記録されています。

成蟜を殺したのは誰ですか?

作中では蒲鶮です。背後には呂不韋がいましたが、蒲鶮も死亡したため、呂不韋の関与を証明する証拠は残りませんでした。

史実の成蟜はどうやって死んだのですか?

紀元前239年、趙を攻める途上の屯留で謀反を起こし、秦の討伐を受けて屯留の壁塁の内で自殺したとされます。ただし原文の解釈には諸説があります。

蒲鶮は実在の人物ですか?

断定できません。『史記』では屯留と並記されており、古代の邑の名とする説や、反乱に加わった兵の集団を指すという説があります。個人としての伝記は残っていません。

成蟜と政はどういう関係ですか?

異母兄弟です。成蟜は嬴政の異母弟にあたり、作中では当初対立していましたが、のちに政を支持する立場に変わります。

瑠衣は実在しますか?

成蟜の妻に関する記録は史料に残っていません。瑠衣は作品独自の人物と考えられます。

屯留はどこですか?

もとは韓の領土で、韓から秦へ譲渡された地です。秦の支配下に入ってからの年数が浅く、兵の服従心が低かったことが反乱の背景にあったと考えられています。

成蟜の死後、その勢力はどうなりましたか?

作中では瑠衣が遺志を継ぎ、成蟜派を政を支える勢力として再編します。史実では反乱に関わった軍吏はみな斬首され、屯留の民は臨洮へ移されました。

まとめ

  • 成蟜の死亡は単行本35巻の第377話。屯留の反乱の結末で亡くなる
  • 作中の成蟜は反乱の首謀者ではなく、蒲鶮と呂不韋に濡れ衣を着せられた側
  • 史実の成蟜は紀元前239年に自ら謀反を起こし、屯留の壁塁の内で自殺したとされる
  • 蒲鶮は『史記』では人名か地名か確定せず、作中の人物は創作と考えられる
  • 反乱後、軍吏は皆斬首され、屯留の民は臨洮へ強制移住させられた

史料に残る成蟜は、反乱と死だけを記された数行の人物です。その数行を裏返して、最も嫌われた王弟を最も惜しまれる退場へ導いたのが『キングダム』の成蟜でした。史実を先に知ってから35巻を読むと、あの結末の作りが違って見えてきます。

続きは単行本で

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この記事について

執筆・編集: マンガノシラベ編集部
公式コミックスおよび公開されている史料をもとに作成しています。内容に誤りを見つけられた場合はお問い合わせよりご連絡ください。