【キングダム】郭開(かくかい)は死亡する?作中の現状と史実の最期|盗賊に殺された話の出典を解説
この記事には『キングダム』本編の展開と、史実にもとづく今後の予測が含まれます。連載の進行状況は2026年8月時点のものです。
『キングダム』で最も読者に嫌われている人物を挙げるなら、趙の筆頭大臣・郭開(かくかい)は間違いなく候補に入ります。名将・廉頗を趙から締め出し、李牧を宰相の座から引きずり下ろした男です。
この記事では、郭開が作中で死亡しているのかを整理し、そのうえで史実の郭開が何をした人物なのかを追います。史実の郭開は実在します。そして秦から賄賂を受け取って李牧を死に追いやり、趙という国そのものを滅ぼしました。彼自身がその後どうなったのかについても、正史と後世の小説では扱いが分かれています。その違いまで含めて調べました。
結論
- 郭開は作中でまだ死亡していません。2026年8月時点の連載で健在です。
- 史実の郭開は李牧を殺させ、廉頗の復帰も潰しました。いずれも秦から受けた賄賂と、王への虚偽の報告によるものです。
- 郭開自身の最期は正史に記録がありません。盗賊に殺されたという有名な話は、清の時代に書かれた小説『東周列国志』の描写です。
郭開のプロフィール

| 名前 | 郭開(かくかい) |
|---|---|
| 所属 | 趙国 |
| 立場 | 趙の筆頭大臣。宮廷の実権を握る |
| 初登場 | 第369話 |
| 特徴 | 武人ではなく、王の信任と情報操作で権力を維持する |
| 作中での標的 | 廉頗、李牧 |
| 史実のモデル | 趙の大臣・郭開(実在) |
郭開は戦場に立たない人物です。武力もなければ軍略も持ちません。それでも作中で圧倒的な存在感を持つのは、王の耳を握っているからです。悼襄王も幽繆王も、なぜか郭開を信頼して重く用います。
そして郭開が向ける刃は、常に自国の名将に向いています。趙が最も苦しい局面で、趙を守れるはずの人物を排除していく。この一貫性が、読者にとって最も理解しがたく、同時に最も恐ろしい部分です。
郭開は作中で死亡した? 現在の状況
結論として、郭開は作中でまだ死亡していません。単行本は2026年5月19日発売の79巻まで刊行されており、80巻は2026年8月19日発売が告知されています。この時点まで郭開の死は描かれていません。
物語は紀元前229年、秦による趙の完全攻略戦へと進んでいます。史実に沿えば、まさに今が郭開が最大の悪事を働く局面にあたります。
作中での郭開のこれまで
| 場面 | 郭開の動き |
|---|---|
| 廉頗の追放 | 廉頗が趙を離れる原因を作り、その後の復帰も阻む |
| 合従軍戦のあと | 秦を追い詰めた李牧を辺境の地へ追いやる |
| 71巻前後 | 李牧が宰相の座を追われる展開が描かれる |
注目したいのは、郭開が李牧を狙う理由が能力への嫉妬だけではない点です。李牧が力を持てば持つほど、宮廷における郭開の相対的な地位は下がります。国が守られることよりも、自分が宮廷の中心にいることのほうが優先される。作中の郭開はその価値観で一貫して動いています。
史実の郭開は何をしたのか
ここからが本題です。郭開は実在の人物であり、『史記』にその行動が記録されています。そして記録に残っているのは、ほぼすべてが趙を損なう行為です。
廉頗の復帰を潰した「一度の食事で三度」
紀元前245年ごろ、名将・廉頗は趙で地位を失い、魏の大梁へ去りました。当時すでに70歳前後だったと見られています。
その後、趙は秦の圧力に苦しみ、悼襄王は廉頗を呼び戻そうと考えました。そこで使者を送り、廉頗がまだ将として使えるかを確かめさせます。
廉頗の側も必死でした。使者の前で一斗の米と十斤の肉を平らげ、甲冑を着けて馬に乗ってみせたと『史記』は伝えます。まだ戦えると、体で示したわけです。
ところがこの使者は、あらかじめ郭開に買収されていました。使者が王に報告したのは、廉頗が一度の食事のあいだに三度も用を足した、という内容でした。老いて漏らすようでは将は務まらない、と王は判断し、召還は取りやめになります。
| 実際に起きたこと | 王に報告された内容 |
|---|---|
| 米一斗と肉十斤を食べ、甲冑を着けて騎乗してみせた | 一度の食事のあいだに三度も席を立った |
廉頗はその後も趙に戻ることなく、最終的には楚の寿春で世を去りました。楚が寿春へ遷都したのは紀元前241年であるため、廉頗の死はそれ以降ということになります。趙の将として死にたいという趣旨の言葉を残したとされます。
李牧を死に追いやった讒言
郭開の最大の罪は、それから十数年後に訪れます。
紀元前229年、秦は王翦を総大将として趙へ侵攻しました。しかし李牧が防衛にあたったため、秦軍は正面から突破できません。そこで王翦が選んだのが、郭開を買収するという手でした。
| 手順 | 内容 |
|---|---|
| 1 | 王翦が郭開に賄賂を送る |
| 2 | 郭開が幽繆王に「李牧と司馬尚が謀反を企て、秦と内通している」と讒言する |
| 3 | 幽繆王がこれを信じ、李牧と司馬尚の将軍職を解く |
| 4 | 李牧が殺害される。司馬尚も趙軍から失われる |
| 5 | まもなく邯鄲が落ち、幽繆王は捕らえられて趙が滅亡する |
李牧が殺された年については紀元前229年とする記述と紀元前228年とする記述があり、史料の解釈によって幅があります。ただし趙の滅亡と近接した出来事である点は共通しています。
秦が正面から破れなかった将軍を、郭開は言葉ひとつで排除しました。そして李牧を失った趙は、ほとんど持ちこたえることなく崩れます。
史実の郭開の最期はどうなったのか
では、趙を滅ぼした郭開自身はどうなったのでしょうか。ここは慎重に扱う必要があります。
正史には郭開のその後の記録がありません。秦の武将に討たれたとも、流刑になったとも、捕虜になったとも、自害したとも書かれていません。趙の滅亡とともに、記録から姿を消しています。
「盗賊に殺された」という話の出どころ
インターネット上でよく見かけるのが、郭開が財産を運び出す途中で盗賊に殺されたという話です。因果応報として気持ちのよい結末ですが、これは正史の記述ではありません。
この描写の出どころは『東周列国志』です。清の時代に書かれた歴史小説であり、史書ではありません。この作品のなかで郭開は、趙が滅びた暁には秦から上卿の地位を約束されており、実際にその地位を得ます。しかし邯鄲の自宅に隠していた財産を運び出そうとしたところを盗賊に襲われ、殺されるという筋書きになっています。
| 出典 | 郭開の最期に関する記述 | 信頼性 |
|---|---|---|
| 『史記』などの正史 | 記述なし。趙滅亡後の動向は不明 | 史料としての一次資料 |
| 『東周列国志』 | 秦で上卿となるが、財産の運び出し中に盗賊に殺される | 清代の歴史小説。創作を含む |
つまり「郭開は最後に報いを受けた」という話は、後世の人々がそう望んだ結果として書かれたものである可能性が高いということです。史実として確かなのは、郭開が趙を滅ぼしたところまでで、その先は分かっていません。
漫画と史実の違い
| 項目 | 『キングダム』 | 史実 |
|---|---|---|
| 現在の状況 | 2026年8月時点で生存 | 趙滅亡後の動向は記録がなく不明 |
| 廉頗への妨害 | 趙から締め出し、復帰も阻む | 使者を買収し、王へ虚偽の報告をさせた |
| 李牧への讒言 | 宰相の座から追い落とす展開が描かれた | 秦の賄賂を受け、謀反を讒言して殺させた |
| 王との関係 | 悼襄王と幽繆王に重用される | 同じく両王に用いられている |
| 最期 | 未描写 | 正史に記録なし。盗賊に殺される話は小説の描写 |
作中の郭開の行動は、史実の記録をかなり忠実になぞっています。廉頗の件も李牧の件も、実際に起きたこととして『史記』に残っているのです。
なぜ郭開はここまで嫌われる人物として描かれるのか
郭開が読者にとって特別に不快なのは、彼が「勝てない相手」だからです。
作中の敵将は、どれほど強くても戦場で決着がつきます。王騎も龐煖も桓騎も、最後は戦って倒れました。ところが郭開は戦場に出てきません。宮廷という、信たちが絶対に手を出せない場所にいて、そこから味方の将軍を消していきます。
そしてもうひとつ、郭開が象徴しているのは「国が滅ぶ理由」です。趙は軍事的に弱かったから滅んだのではありません。李牧という秦が正面から破れない将を抱えながら、その将を自分たちの手で殺したから滅びました。外からの攻撃ではなく、内側の腐敗によって国が崩れる。この構図を一人で体現しているのが郭開です。
秦を主役に据えた作品でありながら、秦の勝利が正々堂々とした実力だけで得られたものではないことも、郭開の存在は同時に示しています。王翦が賄賂を送ったという史実は、統一という結果の後ろにあるものを読者に突きつけてきます。
郭開に関するよくある質問
郭開は作中で死亡しましたか?
していません。2026年8月時点の連載で郭開は健在です。物語は紀元前229年の趙攻略戦へ進んでおり、史実に沿えばこれから最大の悪事を働く局面にあたります。
郭開は史実に実在しましたか?
実在します。『史記』に趙の大臣として記録されており、廉頗の復帰を妨害したこと、秦の賄賂を受けて李牧を讒言したことが記されています。
郭開は李牧に何をしたのですか?
紀元前229年、秦の王翦から賄賂を受け取り、幽繆王に「李牧と司馬尚が謀反を企て、秦と内通している」と讒言しました。これを信じた王は李牧を殺害し、その直後に趙は滅亡しています。
郭開は廉頗に何をしたのですか?
趙へ戻る道を絶ちました。悼襄王が廉頗を呼び戻そうとした際、郭開は使者を買収し、廉頗が一度の食事のあいだに三度も用を足したという虚偽の報告をさせています。実際の廉頗は米一斗と肉十斤を食べ、甲冑を着けて騎乗してみせていました。
郭開の最期はどうなりましたか?
正史には記録がありません。趙の滅亡後の動向は不明です。盗賊に殺されたという話は清代の歴史小説『東周列国志』の描写であり、史書の記述ではありません。
郭開はなぜ趙を裏切ったのですか?
秦からの賄賂が直接の動機として記録されています。あわせて、自国の名将が力を持つほど宮廷での自分の地位が下がるという構図もありました。国の存亡より自分の立場を優先した結果です。
郭開はいつ作中で死亡しますか?
時期は不明です。史実に郭開の最期の記録がないため、作品がどのような結末を用意するかは原作でのみ確認できます。読者のあいだでは、李牧の関係者に討たれる展開などが予想されていますが、いずれも推測にすぎません。
郭開の読み方は何ですか?
「かくかい」と読みます。趙の筆頭大臣として、作中では第369話から登場しています。
司馬尚はどうなりましたか?
史実では、李牧とともに謀反を讒言され、将軍職を解かれました。李牧が殺害されたのに対し、司馬尚は殺されたという記録が残っていません。趙軍の指揮からは外されています。
郭開がいなければ趙は滅びなかったのですか?
断定はできません。ただし秦が正面から李牧を破れなかったことは事実であり、秦が賄賂という手段に切り替えた事実そのものが、李牧の存在の大きさを示しています。少なくとも滅亡の時期は大きく変わったはずです。
まとめ
- 郭開は2026年8月時点の連載で死亡しておらず、健在
- 史実の郭開は使者を買収し、廉頗の趙への復帰を潰した
- 紀元前229年、秦の王翦から賄賂を受けて李牧を讒言し、殺させた
- 李牧の死からまもなく邯鄲は落ち、趙は滅亡した
- 郭開自身の最期は正史に記録がなく、盗賊に殺される話は清代の小説の描写
秦が正面から破れなかった将軍を、たった一人の大臣が言葉で消してしまう。そして、その大臣がどんな末路をたどったのかは記録にすら残っていない。史実の郭開が残したこの後味の悪さが、作中の郭開をこれほど強い存在感のある人物にしています。
この記事について
執筆・編集: マンガノシラベ編集部
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